2007年03月10日

五体で表現



肉体は俳優の言葉だ、
千葉総裁の座右の名であります。
小生の記憶に間違いがなければ、
亡くなった深作欣二監督が千葉さんに送った言葉です。

ちなみに、1961年制作・映画『風来坊探偵』は、
千葉真一・主役デビュー作、
深作欣二・監督デビュー作、
神波史男・脚本デビュー作、
この脚本家は当道場名誉顧問の神波先生であります。
お三方とも、小生の人生に多大なる影響を与えた尊敬してやまない方々であります。

肉体は俳優の言葉、
つまり、俳優は五体を使って自己を表現する。
五体とは、頭、首、胸、手、足、の五体。
要するに、頭だけで考え、上っ面な表現をするのではなく、五体の芯で捉え、感じて、内面から吐き出すように体全体で表現するということです。

小生、それこそ、頭では、理解していたものの、
結局、体では理解できず、俳優として、自己表現の完成を果たすことが出来ませんでした。

俳優、というのは奥深いものであります。
賢くなければならない。
その賢さも、
偏差値が高いとか、IQが高いとかの賢さではなく、
人としての賢さ、です。

この“人としての賢さ”が魅力となり、個性となり、表現へと昇華していると小生は思っております。

最近、一流大学を出て、大臣にまでなった方が、
「女は生む機会」と発言して、物議を醸し出していますが、
学校で得た頭の良さなど、人として何の役にも立たない、という証明のようなものです。
せっかく、一流大学を出たのなら、その知識を社会に出て体験の中で活かし、その体験の中から生きる知恵とし、人間力へと昇華してほしいものです。

俳優が五体を使って表現することと、
空手の稽古というのは、通じるものがあります。
『生身の体験を通して得る空手の道は、極めれば全ての道に通じると信じております』
千葉総裁が、
このホームページの指導部の欄で書かれていますが、
まさに同感であります。

基本、移動、型、組手、様々な稽古において、
頭で考えるのではなく、
五体の芯で捉えて、感じて、基本、移動、型、組手、という稽古で弾けるように表現する。
これが、パワーとなって現れてくる。

人生、無駄なものは何もない、とはよく言ったものです。
若い頃から聞いていた、
『肉体は俳優の言葉』が、
54才の今になって、理解が出来るようになり、
そして、それが、空手にも通じ、すべての道にも通じる、と得心がいくようになってくるのですから。

空手は、
力をつけ、強くなることだけを目的とすれば、
修羅に行き着きます。
強くなればなるほど、
弱者に目が行き届き、
人としての力と慈愛を身につけることが肝要です。

かくいう小生か、
それを実践できているかというと、怪しいものです。

はい?・・・もしかしたら、頭で考えているのは、おまえだろうですって? と、例の御仁の声が届きました。

そうです。
だから、
生涯学習、です。
生涯修行、なのです。
今日も、道場で皆さんといい汗を流したいと思います。

押忍!
posted by 井上誠吾 at 08:17| 日記