2007年03月15日

帯に短し襷に長し

参りました。
ブログを書くということは、実に難しいことです。
いつも、何人かの御仁から、ナガイ、クドイ、シツコイ、と有り難い注文を承っているのですが、
その中の一人の御仁から、
前回の『自分を信じる』は、
「帯に短し襷に長しで、使い物になりませんね」
と、バッサリと斬り捨てられました。
昨夜、小生が眠りについたところを電話で起こされて、
バッサリと・・・!

ほんと参りました。
重傷、です。
肉を斬られて骨まで斬られてしまった、ほど致命傷です。
もう・・・書けない・・・!
皆さんとは・・・暫く、会えないかも知しれない。
復活は・・・いつになるかは、わかりませんが・・・いつの日か、必ず・・・ほんとに、復活します。










ほんとに参上しました!

え?・・・随分と早いな、ですって?
お約束の三段オチです。
参りました──ほんと参りました──ほんとに参上しました!

てね・・・。
面白くない?

すみません、ちょっと遊んでしまいました。
実は、前述の御仁が、
「ナガイと最後まで読まないんですよ」
と会うたびに仰るのです。
そこで、
前回の『自分を信じる』は、
自分を信じて、思い切り、短くしてみたのですが、
思い切り、自分が信じられなくなりました。
すみません。
また、お約束を・・・。

では、昨夜の御仁の注文にお応えして、
以下、前回の『自分を信じる』を、もう少し膨らませてみたいと思います。





等身大のあるがままの自分、と書きましたが、
そこが肝心なところであります。

背伸びしたって、
カッコつけたって、
自分は自分です。
やがて、メッキは剥がれるものです。
だったら、見栄を張ったり、虚勢を張ったり、する必要ない。自分らしくあればいい。
梅は梅、桜は桜、です。
梅は桜にはなれない。しかし、梅の花には、寒い中でひっそりと咲く謙虚な美しさがある。

人も同じです。
どんな人だって、自分らしい花を咲かせればよい。
桜の花が流行っているからって、
桜の花を咲かせようなんて思わないで、
梅でもいい、菜の花でもいい、スミレの花でもいい、道端に咲く名もない花でもいい、自分らしい花を咲かせることができれば良いのではないでしようか。

花を咲かせることなく、枯れるよりも、
花を咲かせることなく、潰されるよりも、
自分らしい花を咲かせるためにこそ、人生はある。
そう、思います。

一流の料理人は、最高の食材で料理する。
しかし、超一流の料理人は、今ある物で最高の料理をする。
といいます。
何も、自分が最高の食材だ、と威張る必要はない。
どんな食材であれ、天という超一流の料理人の下ならば、
等しく、最高の料理と成りうるのだから。

また、
自分を料理人に置き換えたなら、
何も最高のものを集める必要はない。
今あるものの個々の資質を見抜き、それら全部を輝かせられるような器になるべく、精進すれば良いのだから。

つまり、
『自分を信じる』ということは、
自分と他人は違う。
自分には自分なりの魅力や輝きがある。
それを信じて、思う存分に、人生を楽しむべきだ!
と、思っているのですが・・・。





もう、この辺でやめとかないと、
「帯に長し、綱引きの縄に短し」と御仁に指摘されそうです。

ナンジャ、その例えは? って・・・御仁の声が・・・。
あれ? 聞こえてきません。
ちょっと・・ちょっと、ちょっと。

Kさん、
また最後まで読まないで、どっか行っちゃいましたね。
昨夜、電話で叩き起こされて、こうして反省して書いているんだから、最後まで読んで欲しかったなぁ・・・。

ちなみに、
Kさんは、大手出版社の編集の仕事に携わっている方です。
小生のブログでは、
サル顔のコウキ君、との会話が大好きらしくて、
あれを読んだ時、おもちゃのサルのように、シンバルならぬ手を叩いて喜んだそうです。
ふと、周りを見回すと、そこは職場だったらしく、同僚の冷たい視線を感じ、笑いをこらえトイレへ行き、爆笑しているところを上司に見られ、病院を紹介されたそうです。

編集者なのに、ナガイ文章が苦手なんです、Kさん。
気の毒に・・・。
仕事、大丈夫なのか、それが心配です。

それこそ、
『自分を信じて』ほしいものです。

Kさんと違って、
最後まで、お読みいただいた皆さん、
ありがとうございました!

押忍!

おっと、Kさんの声が届きました。
なんでも、プリントアウトして、屋上で読んでいたそうです。
ともあれ、最後まで読んでいただいたようです。
ありがとうございました!

posted by 井上誠吾 at 11:02| 日記