2007年03月26日

カッコいい男


人は見かけによらないものです。

昨日、街を歩いていて、
タバコを手にした中年紳士とすれ違いになり、危うく、タバコの火が小生の手に当たりそうになり、思わず手を引いたところ、「あ、失礼」と中年紳士は謝りました。
小生は「いいえ」と去りながら、それにしても、子供の顔にでも触れたら、大変なヤケドを負ってしまうところだったぞ、と思いつつ振り返ると、
なんと、その中年紳士、タバコをポーンと指で弾いて道路の中央へ投げ捨ててしまいました。
小生、よほど注意しようかと思いましたが、急用で先を急いでいたため、不快な思いを残しつつ、その場を去りました。

そして、用事を済ませての帰り道。
小生が赤信号で待っていると、
向こう側で人相の悪い兄ちゃんがタバコを吸いながら、同じように信号待ちをしていました。
アイツもタバコを投げ捨てるな、と様子を見ていると、
なんと、
その人相の悪い兄ちゃんは、ポケットから、携帯用灰皿を取り出すと、それでタバコの火を揉み消して、吸い殻を中へと仕舞ったではありませんか!

小生、先ほど、タバコを投げ捨てた瞬間の中年紳士の姿を思い出しました。
一見、立派そうに見える紳士が、歩きながらタバコを吸い、しかも、それを道路に投げ捨てる。
見かけは立派な紳士でも、中身は無恥な愚者であります。

その点、
この人相の悪い兄ちゃんは、中身は立派な紳士です。

青信号になり、携帯用灰皿をポケットに仕舞いこみながら、歩き出す兄ちゃんの姿はカッコ良かった!

小生、人相の悪い兄ちゃんとすれ違いながら、
先ほどの中年紳士とは違う、爽やかな風が通り抜けていくのを感じました。

人は、生きているだけで、人に迷惑をかけている。
確かに、そうでしょう。
しかし、
人は、生きているだけで、人に爽快さを与えている。
そうとも、言えます。

人相の悪い兄ちゃんに爽快さを貰った小生が、
今度は、他の誰に爽快さを伝え、
その誰かが、また他の誰かに伝える。
そんな善の連鎖に繋がっていくと、素晴らしい世の中になる筈なんだけどなぁ。
去っていく人相の悪い兄ちゃんの背中を見送りながら、そんなふうに思っていました。

カッコ良さとは、
人が見ていないところで行われるからこそ、カッコいい!
誰かに見られているから、
何かをしよう、というのではなく、
人の目なんか気にすることなく、自分の考え、自分の信念、
自分の情熱、で行動するから、“美”へと繋がる。

小生も、
誰に見られても恥ずかしくないよう、
身を引き締めたいと思います!

押忍!
posted by 井上誠吾 at 11:31| 日記