2007年05月27日

大きく育て!

少年部を中心とした祭りの演武、
見事に大成功しました!

参加した少年部、そして一般部、協力していただいた保護者の皆さん、お疲れ様でした。
そして、ありがとうございました!

演武終了後、祭りの実行委員の方々、商店街の方々、通りすがりの方々、そして、ブログを見て、遠くから足を運んでいただいた方々、様々な方々から、「よかった」とか「子供たち元気いいね」とか「迫力あった」とかいろいろなお褒めの言葉をいただきました。

あらためて、すべての方々に感謝の気持ちを込めて、
本当にありがとうございました!

それにしても、板割りは、全員が成功したので、小生自身、驚きました。
実は、本番前、道場で実験的に板を割らせようとしたのですが、以前、『春のお楽しみ会』で何度も挑戦してやっと割れた(その時の模様は『大成功・春のお楽しみ会』のブログにあり)にもかかわらず、割れませんでした。
試し割り用の板とはいえ、幼稚園や小学低学年には、そう簡単に割れるものではないのです。

しかし、そのあと、最年少の幼稚園の男の子がいとも簡単に割ってしまったものだから、一同、あ然!

さて、いざ本番となり、
誰もが、最年少の幼稚園の男の子が割ったのだから、自分もきっと割れる、と確信したのでしょう、
小生の心配をよそに、全員、見事に割ることに成功しました。
その中の三人は一般用の板(2センチ厚)に挑戦させたのですが、見事に成功!

小生、正直に申しまして、何人か失敗しても良かったと思っております。
失敗こそ、次なる目標への励みになる、と思ったからです。
それと、観衆の皆さんに、すぐに割れる板を用意したんだ、と思われたくなかった、との思いもあります。

ともあれ、少年部全員、よく頑張りました。
日頃から「集中しろ」「やる気を出せ」「できると思え」と言い続けているのですが、それを見事に実践して見せてくれました。

このまま、心も体も大きく育って欲しい。否、きっと、そうなっていくに違いない! そう確信いたしました。

小生、演武を通して、また一つ、子供たちに教えられました。

感謝です、押忍!

posted by 井上誠吾 at 16:16| 日記

2007年05月25日

いよいよ明日です!

この雨も明日には晴れて、
少年部の気合いが青空に響き渡るでしょう!

は?・・・今、久々にT御仁から声が届きました。
えっ?・・・何かやるのかですって? あのね、T御仁、演武ですよ。西荻窪の駅前で空手の演武をやるんです。
はい?・・・また米国や天竺への出張で忙しいですって?
寂しいなぁ・・・少年部を中心に、みんな張り切っているのに・・・家族揃って観に来て欲しいなぁ。

あ?・・・ほかの御仁たちからも声が届きました。
いつも、このブログを読んでは、メールや電話で感想をいただいている御仁たちです。
皆さん、明日です。ぜひ、観に来て下さい。
待ってますよ。


そして、
いつも、このブログをご覧の皆様。
少年部の子供たちが、道場で培ってきた力をおもいっきり発揮します!
お時間がありましたら、ぜひ、観に来て下さい!


明日 5月26日 土曜日 午後1時。
西荻窪駅前広場にて、少年少女たちが光り輝きます!



※ このブログを初めて、ご覧の方、失礼致しました。
  T御仁とか、なんとか、理解不能だと思います。
  もし、ご興味がおありでしたら、過去のブログを読んでみて下さい。
  お判りいただけるかと存じます。


では、皆さま、明日です。
成功へ向け、押忍!

posted by 井上誠吾 at 11:15| 日記

2007年05月21日

少年部が褒められました!

最近、祭りの準備で商店街の会合に出ることが多いのですが、
その会合の席で、ある役員さんが少年部のことを褒めてくださいました。
役員の方が、道場に訪ねてこられた時のことです。
少年部の子供たちと階段の前ですれ違った時、「こんにちは」と挨拶をしてきたというのです。
「相手がどこの誰かも知らないのにきちんと挨拶をしてくるなんて、今時の子供にはなかなか出来ないこと。久しぶりに爽やかな良い気分になりました」
そう役員の方は目を細めて喜んでおられました。

ほかにも、少年部の保護者の方から嬉しい電話がありました。
「空手を始めてから、集中力がつき成績が上がりました」
と、感謝の言葉であります。
少年部が褒められる、これほど嬉しい事はありません。

道場で覚えた礼儀・集中力・辛抱・おもいやり・やる気、
などなどは、道場だけでなく、家や学校や隣近所でも同じようにできるようにしなさい、と常々言っているのですが、
そう簡単にできるものではありません。
だからこそ、
そのような話を聞くと、嬉しいのであります。

さて、そのように褒められるようになった子たちが、
空手の演武を披露します。

5月26日(土)午後1時より、
西荻窪駅前にて、ハロー西荻祭りのオープニングセレモニーに参加するのであります。

少年部を中心に、基本、移動、型、試し割り、スパーリングと、これまで道場で培ってきた技を披露いたします。
参加する少年部の中には、それぞれが、いろいろな問題を抱えて道場の門を叩いてきました。

いいじめられていた子、
集中力がなくボーッとしていた子、
何かあるとすぐに泣いていた子、
落ち着きがなく凝っとしていられなかった子、
スパーリングが恐くてしかたなかった子、

などなど、ほかにも様々な問題を抱えていましたが、
今、それを克服しつつあります。
いえ、もうすでに克服して、自信が持てるようになった子もいます。

このブログをご覧の皆様、もし、お時間がありましたら、
彼らの発表の場を、是非、観てやって下さい。
そして、
観て、良かったら、褒めて上げて下さい。
それが彼らにとって、何よりのこころの財産になる筈です。

押忍!


posted by 井上誠吾 at 14:54| 日記

2007年05月19日

自分さえ良ければいいのか?

このところ、嫌な事件が続いています。
母親を殺して頭部を切断したり、
立て篭もって妻子や警官を刺傷させたり、
大型トラックを暴走させ建物や車を破壊し続けたり、
等々と、ほかにも不快な気分にさせられる事件が続出しております。

自己の欲求の赴くままに行動すれば、
周囲の人々に何らかの迷惑を強いることになり、
結果、その人々を傷つけ、悲しませることになります。
「人は生きているだけで、人に迷惑をかけている」
と、誰かが小生に言いました。
同感です。

もし、「自分は絶対に迷惑をかけないように生きている」と言い切る人がいたら、
それは、迷惑をかけていることに気付いていない鈍感な人、
といえるでしょう。

どのように立派な人でも、
車に乗れば排気ガスを撒き散らしているだろうし、
電車に乗れば腋臭や口臭や香水の臭い、あるいはイヤホンから洩れる騒音、等々を撒き散らしているかもしれないし、
街を歩けば、互いに人ごみと化して行き先を妨害し、不快な思いをさせているかもしれない。
さらに先進国・日本で生きているだけで、後進国の人々の何十倍、何百倍ものエネルギーを消費し、地球を蝕み、大きな迷惑をかけているのは事実であります。

人は、迷惑をかけたり、かけられたりして生きていることは誰も否定できません。
大切なのは、互いに迷惑をかけあいながら、
これ以上やったらいけないとか、相手を傷つけるとか、
体験を通して、感じることではないでしょうか。

“痛み”を知らないと、そうは感じません。
互いに迷惑をかけたり、かけられたりするのが人間なんだから、傷つけ合いながら、相手を理解しようと努める。
生身の体験で“痛み”というものを感じれば、
あのような悲惨な事件など引き起こしはしないでしょう。

特に、今の子供たちには、
“痛み”というものを愛情をかけて教えてやることが大切です。

武道には、その答えがあります。
仁、という徳目に、“痛み”の教えが内奥されています。

自分さえ良ければいい、との考えは正さなければなりません。
このような時代に、待った、をかけなければなりません。
しかし、政治家に、官僚に、教師に、それができるような状況ではありません。

小生、
武道家たちの果たすべく役割は大きい!
そう自負しております。

押忍!


posted by 井上誠吾 at 11:41| 日記

2007年05月15日

荒れた子供たち

先日、電車に乗っていた時のことです。
ある停車駅から、中学2〜3年くらいの女の子四人が大声で喋りながらドカドカと乗り込んできました。
小生、反対側の乗降口に立っていたのですが、その騒がしさに思わず振り返りました。

すると、彼女たちが、三人分しか空いていない席に四人一緒に無理矢理に座ろうとしているところでした。
それまで静かだった車内は、一変!
彼女たちの騒音に近い話し声に占領され、
しかも、「○○ムカつく〜」とか「○○ウザくね」とか、友達の悪口が止めどなく出てくるのです。
周囲の人は我関せず、見て見ぬふりで平静を装っています。

やがて、何かの話題で、四人一緒にドッと笑った時、
小生が「静かにしろッ!」と、声には出さず、そのような勢いでサッと振り返って睨みつけたものだから、
一瞬、ナニ? アタシたち、ナンか悪いことでもした?
と、顔を見合わせて、静かになりました。
しかし、小生が窓外に目を戻すと、再び、友達の悪口が復活し、だんだんと声のトーンも上がっていく始末です。

小生、余程、声に出して叱ろうと思ったのですが、目的地の駅に着いたので、無言で電車を降りることにしました。
すると、ホームに降りた小生の背中に女の子たちの大きな笑い声が届きました。
小生を笑ったのか、友達を笑ったのか定かではありませんが、あのあと、彼女たちの会話がさらに過激になっていったのは想像に難くないでしょう。

それにしても、ごく普通の女子中学生たちが、周囲の迷惑顧みず、乱暴で下品な言い回しで友達の悪口で盛り上がっていく様は見るに堪えないものがありました。

子供たちの心がすさんでしまったのは、間違いなく大人社会に問題があります。
それは、家庭や親、学校や地域社会、あるいは国の教育問題、と多岐に渡って広がっていくでしょう。
しかし、いずれにせよ、身近な大人たちが責任を持って、子供たちに善悪のケジメをしっかりと教えてやるべきです。

この子供たちのために何とかしたい、という“親心”さえあれば、子供たちはその“慈愛”に触れることで、立ち直っていく糸口が見えてくるのではないでしょうか。

今、反省しています。
あの時、電車を降りずに、あの女子中学生たちに“親心”を持って話しかけていればよかった、と・・・。
しかし、こう言われたかも知れませんね。
「オヤジ、キモい」

精進せねば、押忍!



posted by 井上誠吾 at 10:53| 日記

2007年05月12日

もう一つの地球

週刊誌の記事に『地球によく似た惑星発見』とありました。
太陽系から約20光年離れたところらしく、理論上、水が存在し、生命体存在の可能性が高いとのことです。

もし、人間とまったく同じような知的生命体が存在している、と考えると、楽しくもあるし、恐くもあります。

楽しくもある、とは、
そこに住む知的生命体が、地球人と同じように“友好的かつ平和思考家”の場合であります。
恐くもある、とは、
そこに住む知的生命体が、地球人と同じように“好戦的かつ侵略思考家”の場合であります。

昔、読んだ短編小説に興味深いものがありました。
それは、宇宙を創造した神が、地球人を裁くという話です。

突然、絶大な力を持つ神。それは超巨大な宇宙船だった記憶がありますが・・・その神が地球上に現われ、宣告します。
「地球人は戦争を繰り返し、人々を殺してきたので、その罪によって、これより宇宙から地球を消滅する」
地球人は猛反省をして「人殺しはしません」と約束します。
すると「牛や豚や魚を殺してきた」と神は迫ります。
地球人は「動物を殺しません」と約束します。
すると「草や木を殺してきた」とさらに神が迫ります。
地球人は「生物も殺しません」と心から反省します。
神は、それを見て、一旦は許そうとしますが、
「いや、待てよ、目に見えない数多くの微生物を殺してきた。全宇宙の中でも、これほど必要以上に他者を殺してきた生き物は、地球人だけだ」と、地球を消滅しようとします。
その瞬間、名もない微生物が神に訴えます。
「待って下さい。地球人は動物や植物や、我々微生物までも殺してきました。でも、それは生きるためであり、殺すことが目的ではありません。どうか許して下さい」
名もない微生物の懸命な訴えに、神は納得し、地球を消滅することはしない、と約束します。
「ただし、地球人は全宇宙の惑星人との交流を禁ずる」
と“宇宙の中での孤独”を宣告し、神は星の彼方へと飛び去って行くのです。

おそらく、星新一の短編だったのでは?
多少は、小生の創作も入っているかも知れませんが、概ね、このようなストーリーでした。
読後は、得も知れない寂寥感を味わった覚えがあります。

人は、人との交流があってこそ、人でありうるのです。

虎やライオンなど肉食動物は、自分が生きるため以上の殺生はしません。
人間だけです。自己の欲望のために殺生をするのは!

武道の、武、とは争いを止める意味が含まれています。
地球人が、高等知的生命体であると自負するなら、
この、武、の意味を深く理解して、
地球に似た惑星を見守って欲しいものです。




posted by 井上誠吾 at 11:45| 日記

2007年05月09日

信じる

連休の最後から、昨日まで、那須のホテルで“缶詰め”
になっていました。
“缶詰め”とは、脚本を書く時にホテルや旅館に泊まり込んで、練り上げたり、書き上げたりすることです。

道場生や少年部の保護者の皆様、そして、留守を守って頂いた指導員の皆様には感謝の日々でありました。
ありがとうございました!

そのようなわけで、一週間ぶりのブログであります。

ホテルの缶詰めは、千葉真一総裁とずっと一緒でした。
千葉真一総裁が出した原案を映画化しようという仕事であります。
脚本の話ばかりではなく、作業の合間で、政治のこと、経済のこと、文化のこと、教育のこと、等々と話は多岐に渡っての“時事放談”が繰り広げられました。

そんな中、小生、ふと、思いました。
人を信じる、ということを!

今の世の中、人が信じられなくなるような出来事が次々に起こっております。
また、各個人が生きる上でも、
真っ正直に人を信ずれば、足元から救われ、
『昨日の友は今日の敵』となったり、
良かれと思って人のために尽くしていたら、
『情けも過ぐれば仇』となったりの経験は多くの人がしているのではないでしょうか。

しかし、人を信じ、信じられる関係、というものが希薄になっている時代からこそ、
信じる、ということが大切だと思うのであります。

上司が、人を信じて仕事を任せれば、
部下は、それが嬉しくて全力を尽くして働くでしょう。
すると、部下からの厚い信頼を得た上司は、それに応えようと誠実な態度で接していくでしょう。
そこには、上司も部下も、“互いに信じられる”という人間の持つ無償の喜びが培われていく筈です。

しかし、
人間というもの、人の悪口ほど面白いらしく、
どのような人でも、あれやこれやと言われているものです。

だからこそ、
自分の目で、耳で、
そして、“心の目”で相手を見て、
信じられる人を、一人でも二人でも多く作ることが大切なことではないでしょうか。
信じる、思いが強ければ、裏切られても本望だ、という気概も湧き上がってくるでしよう。
そこが肝心です!

千葉総裁と小生、
信じる、という絆を深く感じた数日間でありました。
posted by 井上誠吾 at 11:37| 日記

2007年05月02日

西荻窪駅前で演武!

来る、5月26日(土)午後1時過ぎ、
西荻窪の商店街祭りオープニングセレモニーにて、
空手の演武を披露いたします。

少年部を中心に、
微笑ましくも、凛々しく、
元気いっぱい、迫力いっぱいの技をご覧に入れます。

少年部の中には、
いじめられっ子もいました。
泣いてばかりの子もいました。
からかわれてばかりの子もいました。
自分の名前さえ言えない子もいました。
ボーッとして動かない子もいました。
キョロキョロとして落ち着かない子もいました。
そんな子たちが、
ありったけの自己表現に挑みます。

みんな、それぞれが、
学校の先生に、
保育園の先生に、
隣り近所の人に、
そして、
お父さんやお母さんやお爺さんやお婆さんたちに、
「空手を習ってよかったね」
と、褒められた子供たちです。

ちょっと自慢させていただきますと、
小生が誇りに思っている子供たちであります。

ぜひ、彼らの勇姿を見てやって下さい!



posted by 井上誠吾 at 10:38| 日記