2007年05月09日

信じる

連休の最後から、昨日まで、那須のホテルで“缶詰め”
になっていました。
“缶詰め”とは、脚本を書く時にホテルや旅館に泊まり込んで、練り上げたり、書き上げたりすることです。

道場生や少年部の保護者の皆様、そして、留守を守って頂いた指導員の皆様には感謝の日々でありました。
ありがとうございました!

そのようなわけで、一週間ぶりのブログであります。

ホテルの缶詰めは、千葉真一総裁とずっと一緒でした。
千葉真一総裁が出した原案を映画化しようという仕事であります。
脚本の話ばかりではなく、作業の合間で、政治のこと、経済のこと、文化のこと、教育のこと、等々と話は多岐に渡っての“時事放談”が繰り広げられました。

そんな中、小生、ふと、思いました。
人を信じる、ということを!

今の世の中、人が信じられなくなるような出来事が次々に起こっております。
また、各個人が生きる上でも、
真っ正直に人を信ずれば、足元から救われ、
『昨日の友は今日の敵』となったり、
良かれと思って人のために尽くしていたら、
『情けも過ぐれば仇』となったりの経験は多くの人がしているのではないでしょうか。

しかし、人を信じ、信じられる関係、というものが希薄になっている時代からこそ、
信じる、ということが大切だと思うのであります。

上司が、人を信じて仕事を任せれば、
部下は、それが嬉しくて全力を尽くして働くでしょう。
すると、部下からの厚い信頼を得た上司は、それに応えようと誠実な態度で接していくでしょう。
そこには、上司も部下も、“互いに信じられる”という人間の持つ無償の喜びが培われていく筈です。

しかし、
人間というもの、人の悪口ほど面白いらしく、
どのような人でも、あれやこれやと言われているものです。

だからこそ、
自分の目で、耳で、
そして、“心の目”で相手を見て、
信じられる人を、一人でも二人でも多く作ることが大切なことではないでしょうか。
信じる、思いが強ければ、裏切られても本望だ、という気概も湧き上がってくるでしよう。
そこが肝心です!

千葉総裁と小生、
信じる、という絆を深く感じた数日間でありました。
posted by 井上誠吾 at 11:37| 日記