2007年06月26日

ふるさと・母

小生の“ふるさと”は福岡の筑豊です。
小説『青春の門』や『東京タワー』の主人公たちが少年時代まで過ごした舞台となった炭鉱の町です。
遠賀川の川筋気質といって、酒と博打と喧嘩に明け暮れ、
九州では、筑豊ナンバーの車を見たら皆避けて通る、と言われる位に粗野で荒々しくも、人情のある町であります。

炭鉱の町とはいえ、
「うさぎ追いし かの山 小ぶな釣りし かの川」
家から一歩出ると、唱歌『ふるさと』の詩、そのままで、うさぎも追ったし、小ぶなも釣れたし、
「ゆめは今もめぐりて 忘れがたき ふるさと」
であります。

小生、若い頃、室生犀星の詩に影響されていました。

『 ふるさとは遠きにありて思ふもの
  そして、悲しくうたふもの
  よしや、うらぶれて異土の乞食となりとても
  帰るところにあるまじや
  ひとり都のゆふぐれに
  ふるさとおもひ涙ぐむ
  そのこころもて
  遠きみやこにかへらばや
  遠きみやこにかへらばや 』

この詩を、上京した小生は何度も読み返し、一人前になるまで、どんなに帰りたくでも帰ってはいけない、と強く誓ったものでした。
当時、室生犀星に感化されて詩を書き、母宛の手紙として送ったことがあります。

『 ぽつんと都会の夕暮れの中
  ふるさとで夕餉をつくる母を想う
  あかね色に染まった湯気の向こうで
  コンコンとまな板の音を立てている母
  疲れてはいないだろうか
  心配かけてはいないだろうか
  湯気の向こうで母が笑った
  がんばんしゃい!
  ちょっぴり 勇気が出た
  ふと 孤独な都会の空を見上げれば
  ふるさとで見た同じ夕焼け空が
  あたたかく見守るように広がっている 』

この手紙の返信で、母から大量の荷物が送ってきました。
近くの山で採れた自然薯、一度だけ美味しいと言ったことのある干し魚、体に良いと母が飲み始めた健康茶、東京で買ったほうが新鮮に思えるキュウリ、布巾だか暖簾だか何だか判らない布きれ、等々・・・。
その中に『涙がでました』と詩に感動したらしい母の手紙が添えてありました。
もう、30年以上も前の話です。

そんな母が、軽い認知症にかかりました。
先日、同じ詩をおふくろへの手紙に書いて送りました。
30年前の愚息が、未だもって都会で奮闘していることを記憶に留めてくれることを願いつつ・・・。

育ててくれた母に感謝!

posted by 井上誠吾 at 10:48| 日記