2007年07月28日

我が家の王様

二日前、飼い犬が大往生しました。
名前はキッド。
我が家の一員として迎え入れ、子供たちと同じように育てていこうとの思いから、キッドと名付けたのです。

キッドを飼うようになった、そのきっかけは、
ある日、突然、子犬を抱えた老人が訪ねてきて、
「お宅から、元気で明るい子が出てきたので、この子に飼ってもらいたい、と思いまして、お願いにあがりました」
老人の後ろには、当時、小学2年の次男坊が顔を覗かせ、もう飼ってくれるものと思ってニコニコと笑っていました。
老人は窮状を訴えるように、
「このまま飼って下さる方が現われないと、保健所に引き取って貰うしかないんです」
どうやら、数匹生まれた“兄弟犬”はすでに処分しており、この子犬もそうせざる得ない状況にある、との事。

小生、次男坊の笑顔と、人の好さそうな老人の哀願に負け、その場で飼う約束を致しました。
しかし、この“ぬいぐるみのような子犬”が、悪魔のような“グレムリン”に変貌するとは、この時の我が家の面々は知る由もありません。

映画『グレムリン』とは、
ぬいぐるみのように可愛いギズモという動物が、一度、水に濡れると凶悪なグレムリンとなり、増殖を繰り返し、町を破壊していく、というスピルバーグの作品です。

ギズモならぬ、キッドは大きくなるにつれ、
マットを噛み切り、カーテンを引き裂き、ソファを噛み砕く、
という凶暴さを露わにして、もうやりたい放題です。
躾はするものの、5分もたてば、やんちゃ坊主に戻り、家の中を嵐のように暴れまくります。

で・・・ついに、“飼い犬に手を噛まれ”てしまいました。

あんなに可愛がっていた次男坊に噛みつき、続いて長男に噛みつき、さらに妻にも噛みつき、我が家はキッド・グレムリンの餌食となっていくのです。
ただ、小生にだけは畏れがあるのか従順でありました。
しかし、ある日、小生の目の前で次男坊に噛みついたのです。
すかさず叱ったところ、小生まで歯向かうのです。
主人と飼い犬の壮絶な闘いが始まりました!

約10分の大決闘の末、引き分け。否、小生の負けでしょう。
何しろ、この決闘で、小生は10針ほど練ったのですから。

以来、室内で飼う事は危険なので、庭で飼うことにしました。
やがて、庭はギッド・グレムリン王のテリトリーとなり、
妻や子供たちが足を踏み込む時は、ジャーキーの貢物でご機嫌を窺いながら、入らなければならなくなったのです。

キッド・グレムリン王は、“下々の者”に体を触られるのを嫌い、“執事”である小生のみが許され、おかげで、小生がお風呂のお世話をずっと担当させて頂くことになりました。
妻や子供たちは、もっぱら、ジャーキーの貢物を運ぶ“しもべ”として仕えて参りました。
キッド・グレムリン王は、栄耀栄華でお暮し遊ばれたのです。

一昨日、お通夜の席に、独立した子供たちが揃いました。
小生は、キッド・グレムリン王の御年は20才だと思っていたのですが、次男が小学2年の時にお迎えしたと申しますので、崩御されたのは、18才6ヶ月くらいかと存じます。

人間にすると、90才はとうに越えていると思います。
幼かった次男坊が、今や社会人となり、“執事”手製の棺で微笑むように眠られているキッド・グレムリン王を見て、
号泣いたしました。
そんな次男坊の姿を見て、小生も目頭が熱くなりました。

クレムリン王・キッドは、
我が家の大切な宝でした。そして、家族の一員でした。

沢山の“痛い”想い出と楽しい想い出をありがとう!

合掌。
posted by 井上誠吾 at 11:38| 日記

2007年07月25日

弱者に慈愛を!

『小の虫を殺して大の虫を助ける』
最近、世間を騒がしているすべての不祥事に、このことわざが、見事に当てはまるような気がしております。

不祥事を起した大臣たち、官僚たち、社長たち、公務員たち、
それらの人たちに、弱者を切り捨てる、という権力志向が露わであることは、周知の通りであります。

釈迦の教えに、
「七人の子供を持つ親は 等しく子供を愛するが
 一人の病気の子供あらば その子に深い慈愛をそそぐ」
という説法があります。

格差社会。
どこまで広がっていけば、
為政者たちは重い腰を上げてくれるのでしょう。
このまま、
“小の虫を殺して大の虫を助け”続け、
弱者に慈愛をそそぐことなく、切り捨てていくのでしょうか。

十日ほど前、独居老人が、
「おにぎりが食べたい」
と日記に書き残して、餓死しているのが発見されました。

小生、ニュースを知り、またか、と思いました。
この飽食の時代といわれる中、高齢者の餓死者が次々と増えていく皮肉な現実!
為政者たちは、何人の犠牲者を出せば気が済むのか!

数多くの無駄な公共事業を無くし、
政治家・官僚・公務員の無駄使いを無くすだけで、
どれほど多くの弱者が助かるか!
果たして、それを真剣に考え、行動に移そうとしている為政者が何人いるというのか!

小生、生意気ながら、
政治は勿論、日本人の根本的な思考の大転換が必要なんだ!
と、声を大にして叫びたい。

戦国時代、日本に布教にきたザビエルは、
「日本人より優れた人々はいない。親しみやすく、善良で、悪意がなく、驚くほど名誉心が強いが、武士も、そうでない人も、貧しいことを不名誉だとは思っていない。今まで訪れた国の中で、最高の人々だ」
と手紙にしたためています。

かつて、この国には、
美しい日本人たちが、間違いなく、存在していたのです。

そこに気が付くべきです。
そこに目を向けるべきです。
その先には、美しく慈愛溢れる“武道精神という曙光”が射しているはずです。

押忍!

posted by 井上誠吾 at 12:07| 日記

2007年07月21日

それぞれの子供たち

足の速い子、遅い子。
絵の上手い子、下手な子。
算数が得意な子、苦手な子。
いろいろな子供がいて、それぞれに個性があるはずです。

先日、学力テストで、
『校長や教員たちが解答を指差し、児童の平均点数を上げていた』との報道がありました。
不正を行ってしまった背景には、
「学校の成績順位が上位にいくと、予算配分が増額され、学校選択性導入で越境入学の人気校となる」
との動機があるようです。

競争社会の世の中の“醜さ”の一面が、
残念なことに、聖職であって欲しい教師の世界で表面化されてしまいました。

ここまできてしまうと、もう学問という本質を見失っており、学校の行き着く先は、受験テクニックのための“知識の詰め込み機関”となってしまうのではないでしょうか。

本来、学問とは
“自分の能力や人間性を培うもの”
だと思います。

小生が尊敬する書家・詩人の相田みつをの作品に、
『トマトとメロン』があります。
小生の好きな箇所だけ抽出して、紹介しますと、

『トマトより メロンのほうが高級だ
なんて 思っているのは 人間だけだね
それもね 欲のふかい人間だけだな

トマトもメロンも それぞれに 自分のいのちを
百点満点に生きているんだよ

トマトとメロンをね 二つ並べて比べたり
競争させたりしているのは そろばん片手の人間だけ
当事者にしてみれば いいめいわくのこと

「メロンになれ メロンになれ カッコいいメロンになれ!
 金のいっぱいできるメロンになれ!」
と 尻ひっぱたかれて ノイローゼになったり
やけのやんぱちで 暴れたりしている トマトが
いっぱいいるんじゃないかなあ』

素直なやさしさで本質を突いた“生きた人間の詩”です。

子供たちの成長において、
競い合う事は、けっして悪いことではありませんが、
このまま過剰になっていくと、
本来の学問の道から、大きく外れてしまうでしょう。

子供に自信を!
子供に個性を!
育んでやることこそが、大切な時代です!

posted by 井上誠吾 at 13:12| 日記

2007年07月17日

地震

またもや中越地方で地震が発生してしまいました。
亡くなられた方々には心よりご冥福をお祈いたします。
また、被災された方々の窮状を思うと、早急な復興を願わずにいられません。

実は、小生、地震が大の苦手であります。
今から、35年以上前の話ですが、俳優を夢見ていた小生は、東京で起る地震が恐くて、上京を先送りしたほどなのです。

あの当時、週刊誌を中心としたマスコミは、
「近いうちに東京に大地震が来る!」と毎週に近いほど報道しておりました。
小生、それを信じて、地震に遭いたくないばかりに、様子を見ていたのですが、俳優への夢を抑えることが出来ず、“命を決して”上京したのであります。
上京して、すぐに、“地震到来説”の風潮を反映してか、小松左京の小説『日本沈没』が大ベストセラーとなり、続いて、東宝が藤岡弘主演で、これを映画化して、これまた大ヒットとなりました。
それから約10年後、
地震恐怖症が高じて、『マグニチュード11』という舞台の台本を書きました。
“地震で地下鉄の中に閉じ込められた人々”の人間性を問いかけるサスペンス物で、出演も致しました。
その台本の資料集めをする中で、当時の自衛隊の戦闘機一機が60億円だったのに対し、地震予知に充てる予算が同じ60億円だと知り、驚きました。

人を殺す戦闘機一機の予算と、人命を地震から守る予算が、
まったく同じなのです。
地震恐怖症としては大変なショックであります。
他にも、安全と言われている地下鉄ですが、手抜き工事が行われているので危険とか、
ガスも、パイプが破裂しても元栓が止められるので安全だけど、漏れた場合のガスは危険とか、
様々な資料を手に入れ、そのいくつかを台本の中に散りばめていきました。

自分の資料集めを誇るわけではありませんが、
その数年後、
地下鉄の手抜き工事で道路が大陥没、
ハイプの亀裂でガス漏れして大爆発、
と信じられない事故が、現実に発生しました。

皮肉なことに、二年前(小生が上京して30数年後)これまで地震などなかった小生の故郷・福岡で、起る地域ではないとされていた大地震が起りました。
母は生まれて初めての大地震に「こんな恐い事はなかった」と電話の向こうで声を震わせていました。

日本は地震国です。
もっと、国や自治体が地震に対する予算をかけるべきです。
どんなに予算をかけたとしても、無駄な公共事業の予算から比べたら、呆れるほど低予算なのです。

今回、手厚い予算がかけられていたら、
亡くならずに済んだ方々がいたのではないでしょうか。
それに・・・、
原子力発電所の火災原因が、自治体や企業の管理ミスや手抜き工事でないことを信じたいものです。

亡くなられた方々に合掌・・・!
posted by 井上誠吾 at 10:22| 日記

2007年07月16日

中国が危うい

5・6年前、
中国産の野菜が発がん性の有害農薬を多量に使っている、と問題化されました。
それ依頼、日本側が厳しくチェックをし、中国側も自制・自粛・改善などがなされてきたものと思っておりましたが、
ここにきて、有害農薬野菜はもちろん、鉛の鍋、ダンボールの肉まん、多種に渡る有害農薬野菜、さらに偽造一万円札から、偽ディズニーランドまで、数多くの問題が指摘されております。

古来より、日本は中国から大きな影響を受けてきました。
武道の源である儒教や仏教はもちろん、主食である米や食品、さらには漢字や漢方、様々な日用品などなど・・・、
挙げていけば、日本のあらゆる文化は中国なくして存在しない、というほど影響を受けています。

特に、小生が大好きな『三国志』『項羽と劉邦』など数多くの英雄たちを生んだ国なのであります。
孔明、張飛、関羽、そして劉邦、と彼ら英雄たちの生き様は、
小生にとって、この上なく魅力的で、さらに孔子、孟子、孫子などなどの天才たちの教えは、人生の大きな道標となっております。

そんな素晴らしい文化を生んだ中国が、この有様です。
13億からの国民を束ねるには、大中華思想の元で強引に自国の正当性を訴え続けなければいけないのでしょうが、
日本政府は事の善悪をハッキリと指し示すべきです。

※ (あ、地震です! また中越? これは大変だ。原子力
発電所まで火災? どうなる日本!?・・・今、道場生のI氏から電話が入り「原発事故です。外に出ないようにして下さい」と心配され「放射能が洩れたら、おしまいです」と笑い飛ばしつつ、テレビに釘付け状態!)

原発の火災が鎮火したそうです。
被害が少ないことを祈りつつ、続きを書きます。

そんな中国からは、
毎年、首相が靖国参拝するたびに物凄い反発が届いています。
靖国参拝の是非、については、今、このブログで書くことは避けますが、問題は──、
隣国の首相の神社参拝を問題視するのは、内政干渉です。
隣国の有害野菜・製品を問題視するのは、外交交渉です。
つまり、神社参拝で問題視されても黙ったまま、
有害生産物を輸出されても黙ったまま、
これではいけないのです!

善いものは善い、悪いものは悪い!
日本は毅然とした態度で問題解決すべきです。

勧善懲悪、とは、中国の漢書から出た言葉であります。

日本国としての理念、信念、国民を守るという使命感、
それらをもって、断固として、現在の中国のあり方を正していかなければならない!

美しい、とは、
強い、ことでもあります。
武道精神の源を生んだ中国に対して、
懐深く、礼節をもって交渉に臨んで欲しいものです。

国民のために!
それこそが、美しい国の指導者たるものです。
posted by 井上誠吾 at 13:23| 日記

2007年07月13日

謙虚・誠実・責任感

『謙虚』『誠実』『責任感』──、
小・中学生の頃、習字の時間になると、みんな書いていたような記憶があります。

天邪鬼な小生は、子供ながらに、なんか嘘っぽいな、と感じつつも、いざ書くと『努力』『青雲』と五十歩百歩で、ちょっと気取って『宇宙』辺りだったように記憶しております。

さて、近頃、政界・官界・財界で、晩節を汚す、人々が続出しております。
『九仞(きゅうじん)の功(こう)を一簀(いっき)に虧(か)く』と言う諺があります。
長年の努力で完成近くまで築いてきたものを、わずかな失敗のために無駄に終わらせる、ということです。

辞任した大臣たち然り、
返納を要求されている長官たち然り、
古本や介護や英会話や偽装牛肉などの創業者たち然り、
それぞれが、見事に、九仞の功を一簀に虧き、晩節を汚してしまっています。

皆、若い頃は、それぞれ社会に役立つ人材として羽ばたこうと純粋に働き、その努力の結晶が、結果として、それぞれの組織の指導者として君臨するようになったのだと思います。
では、なぜ、晩節を汚してしまったのか・・・?

小生、思うのですが、
指導者としての彼らに──、
『謙虚』『誠実』『責任感』というものがあったら、おそらく、晩節を汚すことにはならなかったに違いありません。

彼らも、子供の頃、この三つの言葉は習字で書いたことがあるのではないでしょうか。
小生と同じように、嘘っぽいな、と感じていたとしても、
大人になるにつれ、実は素直で判り易い、この『謙虚』『誠実』『責任感』こそが大切だと気付くようになった筈だと思います。

そんなふうに考えると、
彼らは、何のために生まれ、
何のために働き、今日の地位を築いてきたのでしょう・・・?
『九仞の功を一簀に虧く』ため・・・?
『晩節を汚す』ため・・・?

釈迦は、「人はこの世に楽しむために生まれてきた」と説いています。

彼らの人生はまだ終わっていません。
元大臣として、元長官として、元社長として、
『謙虚』に、『誠実』に、『責任感』を持って、
国民のために、消費者のために、元社員のために、
残る人生の、時間も財産も生命も、苦も楽も、すべてを賭けて償って欲しい。
そうすれば、素晴らしく尊い人生に変わり、
悠然とした最期を迎えられるのではないでしょうか。

ちなみに『九仞の功を一簀に虧く』は、武士たちが学んでいた四書五経の中の“書経”に出てくる言葉であります。

押忍!
posted by 井上誠吾 at 18:08| 日記

2007年07月12日

危なかった!


月曜の夜、バイクで転倒しました。
交差点を青信号で走っていると、突然、信号待ちしている人の群れの中から、自転車の女性が飛び出してきたのです。
小生、急ブレーキをかけながら、跳ねてはいけないと、辛うじて避けたものの、そのまま転倒!

数メーター滑走したのち、停まりました。
居合わせた一人の男性が「大丈夫ですか」と、
小生を心配しつつ、赤信号を飛び出した30代くらいの女性に「ここで待っていなさい」と引き止めていたのですが、
おそらく、その女性は恐くなったのでしょう。突然、自転車を漕ぎ出すと、そのまま走り去りました。

小生、唖然!
入れ違いに大勢の警官たちが駆けつけ、その女性を追ったり、パトカーを手配したり、さらに救急車を手配したりと、辺りは騒然となりました。

警察は、女性が路地に逃げ込むと捕まえるのは無理と見て、
「救急車を呼ぶと、事故扱いになります。あの女性が捕まらなければ、あなたが加害者であり被害者になり、複雑な事故処理となり、医療費の保険も効かず、全額自己負担になりますけど・・・警察の立場でいうのもなんですが、ここは救急車を呼ばず『階段から転んだ』ということにして病院へ行き、保険を効かし、あの女性が見つかれば、我々警察の方で今回の件は証拠として残しておきますから、医療費等の話し合いを双方でされたらどうですか?」
との旨を気の毒そうに小生を見て仰る。

ほんとに警察の立場で、そんなこというか?
と思いつつも、小生、救急車を呼ぶほどの怪我ではないし、親切に教えてくれた警官の皆さんに頭を下げ、バイクを走らせ自宅へと帰りました。

翌日、病院へ行き、警察の言う通りに治療を受けました。
レントゲン検査で、骨には異常はないものの、右半身全体打撲から体に力が入らず、得も知れぬ倦怠感に支配されたような状態でした。
ブログ更新の間を空けると、また皆さんに心配かけるのではと思い、何とか書こうとしたのですが、如何ともし難く、本日に至りました。

もう、大丈夫であります!
昨日も道場の指導に行き、今朝も快調な目覚めで、普通に生活しておりますので、ご心配ないようお願い致します。

しかし、もし、あの時、あの女性を撥ねていたら?
と、考えるとぞっとします。

折しも、自転車同士の衝突で、中学生が頭蓋骨骨折の重傷を負った事故が起ったばかりです。

皆さん、自転車に乗った場合はくれぐれもご注意を!




追伸。

前々回、一時停止違反でキップを切られた話には、いろいろな人々から、多くの反響をいただきました。
近いうちに、必ず『違反・規制』をテーマに書きますので、暫く、ご容赦下さい。
実は、昨今の時事報道を見ていると、小生が書きたいテーマが数多くあり、そちらを優先させて頂きたく思っております。

押忍!
posted by 井上誠吾 at 10:06| 日記

2007年07月07日

あきらめない!


どんな時でも、あきらめない!
人は、こうあるべきだ、と米大リーグで活躍する三人の日本人選手を見て、そう思いました。

三人と言えば、
イチロー、松井、松坂、と思う人は多いでしようが、
小生が感動したのは、
桑田、岡島、斉藤、の三人の選手です。

実は小生、プロ野球には、あまり興味がなく、
桑田真澄選手の奮闘は知っていましたが、
つい最近まで、岡島秀樹選手と斉藤隆選手の存在をまったく知りませんでした。
両選手に共通しているのは、艱難辛苦に耐え、米大リーグのオールスター戦出場を手に入れた苦労人というこです。

先ずは、岡島秀樹選手から──、
岡島選手は、巨人時代に成績が安定せず、減額制限ぎりぎりまで年俸を下げられ、屈辱の思いで巨人に残ったものの、さらにトレードで日本ハムに移籍され、独特の投球フォームから、一時は選手生命も危ぶまれたそうです。
しかし、制球難を克服し、大活躍。今年、ボストン・レッドソックスから声がかかり、年俸は巨人時代を上回る破格の待遇で入団を果たし、好成績を上げたらしいのです。

次に、斉藤隆選手は泣かせてくれます。
一時はプロ野球での活躍は無理だと囁かれたものの、
36才にして、愛する家族を日本に残し、単身渡米。
ドジャースと念願のマイナー契約を結び、
ピークを過ぎた体に鞭打ち、メジャー昇格の登板のチャンスを貰い、そこで好成績を残し、さらに成績を挙げ続け、37才でオールスター出場を果たしたオールド・ルーキーです。

三人目の桑田真澄選手はご存知の方も多いと思いますが、
マイナー契約からスタートし、怪我に悩まされ、それを克服してのメジャー入りは素晴らしいことです。

三人の選手に共通しているのが、
どんな時でも、あきらめない、ことではないでしょうか。

もう駄目だ、と思った瞬間から、肉体は衰えていく。
まだできる、まだやれる、あきらめるな!
おそらく、彼ら三人は、そう自分に言い聞かせて、挑み続けたのではないでしょうか。

ぬるま湯に浸かった毎日では、何も生まれない。
失敗を恐れて、行動を起さなければ、悔いだけが残ってしまうでしょう。

どんな時でも、あきらめず、
できるぞ、やれるぞ!
と希望を持って、人生を楽しみたいものです。


posted by 井上誠吾 at 15:29| 日記

2007年07月03日

悲喜こもごも

バイクで颯爽とカーブを曲がったら、
突然、警官が現われ「一時停止しませんでしたね」という。
「ここが、一時停止?」と問い返すと、
「標識があります」と若い警官が標識を指差します。

よく見ると、ゆるい左カーブで、一時停止する必要のない場所に、一時停止の標識があるのです。
「ここで一時停止する必要がどこにあるんだッ?」
小生、警官を一喝!

踏み切りや赤信号で、停止をしなかったのなら、素直に、潔く、謝りもしますが、
事故に繋がるような危険性のない、このような場所に、一時停止の標識を設置する公安委員会が許せない!
小生の中にある公僕への怒りが込み上げ、
「君たちは、いったい、何を考えているんだ!」
と警官を責めまくります。

ごれじゃ、どっちが“悪いこと”したのか判りません。

小生が警官を“尋問”している最中、その横では、次から次へと一時停止しない車が通り過ぎていきます。
「今の車、止まらなかったよ。ホラ、次も止まってない」
と実況中継をしても、若い警官は我関せず、ニコニコ相槌を打ちながらキップ切りに夢中で、小生は置いてきぼりです。

「君・・・ここで見張っていたら、沢山、捕まえられるね」
と皮肉をぼそり。
「いえ、そんなことはありません」
と若い警官は応えるが、「実はそうなんです。成績を稼がせて貰っています」との本音が表情に表れている。

正直な若者だ。
それにしても、生来が快活なのか、警官よりも、アメ横あたりの魚屋か肉屋の兄ちゃんのほうが似合っている気がする。

年齢は、うちの次男と同じくらいかな・・・。
と社会人2年目を迎えた次男と若い警官が重なってきます。

これ以上言うと、可哀想だな・・・。
まじめそうだし、コツコツと自転車窃盗犯やら、下着泥棒やらを捕まえてくれそうな“良い警官”になる気がする。
小生が、そんなことを思っていると、
「お待たせいたしました。それでは、この書類をお持ちになって銀行か郵便局でお支払い下さい」
爽やか過ぎる営業マンのように、キップを差し出します。

「で、この違反は、何点になるの?」
「2点になります」と、サービス得点でも付いたかのように明るく応対してくれます。
2点か・・・ま、それで、この若い警官が少しでも出世すればいいか、と思いつつバイクにまたがると、
「お気をつけて運転なさってくださいッ」
と若く明るい警官はクライアントでも見送るように一礼。

小生、思わず微笑んでしまい、小さく片手を上げ、その場を走り去りました。

爽やかな、良い警官だったけど・・・、
あの場所を、一時停止に指定する公安委員会は良くない!
それに、個人的には、点数と反則金が痛い・・・!

悲喜こもごもの小生でありました。




posted by 井上誠吾 at 14:40| 日記