2007年09月26日

この国の最高指導者

新しい最高指導者たちが決まりました。
さて、福田丸は国民をどこへ導いてくれるのでしょうか?

例え、新内閣が発足しても、
北朝鮮問題、特措法問題、日米&日中等々の外交問題、
国内に目を向ければ、横領・着服する公務員の不祥事問題、
経済格差、教育格差、地方格差、と問題は山積しております。

新内閣の布陣を見て、
ミスや失敗やボロを表に出さない“政治屋”が揃った。だから、画期的に変わることはない。
と、見ている人は多いのではないしょうか・・・。
果たして、それで良いのか?
まだ、ぶっ壊すだけぶっ壊して辞めてしまった小泉さんの方が、なぜだか、爽快さを感じてしまう。

以前にも書きましたが、
「命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は始末に困る。この始末に困る人ならでは、艱難を共にして国家の大業は成し得られぬ」
西郷隆盛にそう賞賛させたのは、山岡鉄舟であります。

鉄舟を評した西郷自身もまた私心を捨てた人でした。
説によれば、西郷は、敵側の山岡鉄舟の生き様に感銘し、それ以後、無欲を貫いたとも言われています。
二人だけではありませせん。
幕末の時代、私心を捨て、行動した英雄は数多くいます。
小生、彼らの生き様には圧倒されるばかりです。

その生き様を尊敬している吉田松陰然り、
その生き様に憧れている坂本竜馬・高杉晋作然り、
その生き様に共鳴している河井継之助・土方歳三然り、
皆、それぞれ敵味方であったり、置かれた立場が違うにも関わらず、私心を捨て、信念ある生き方を貫き通しています。

人として、見事、というしかない!

当然、あの時代も人の世です。
命にも名にも官位にも金にも、すべてに執着し、私利私欲に走る輩が大勢いたことでしょう。
しかし、時代を変えたのは、そんな輩ではない。
例え、敵同士でも“肝胆相照らす”度量を持ち、私心を捨て、英雄たちがぶつかり合ったからこそ、時代の変革がなされたのであります。

私心を捨てる。
果たして、新内閣の中に、そのような美学を持って国政にあたろうという、心意気のある人がいるのだろうか・・・。

国の最高指導者ならば、
少しは英雄たちの美学を見習って欲しいものです。
posted by 井上誠吾 at 10:04| 日記