2008年06月19日

自分のことを理解してくれる人

人の幸せとは・・・?
周りに自分のことを理解してくれる人がいるか、いないか、
で決まる。
そう思っています。

宮崎勤死刑囚が、死刑を執行されました。
もう、45才にもなっていたのか?
20年前の、あの悲惨な事件が昨日のことのように思い出されました。

法務大臣が変わり、死刑執行が次々と行われる中、死刑制度のあり方が問われてはおりますが・・・、
何の罪もない子供を無惨に殺された遺族の気持ちを思うと、死刑は当然のこと。否、人を殺すと、このような恐い思いをするんだ、という、もっと別な形の極刑があっていいと思うくらいです。
それほど、宮崎勤の犯した事件は、悲惨で、残酷で、卑劣で、猟奇的な連続殺人事件でした。

あの事件当時──、
有名私立高校に通っていた普通の子供が、祖父の死をきっかけに、あのような犯罪に走ってしまったのは、なぜなのか?
マスコミは、宮崎勤の部屋から大量のビデオが見つかったことから、「おたく犯罪」と称して、連日のように大騒ぎしていました。
そして、子供を持つ親たちは、
「自分たちの子供が事件に遭わないように」
また、
「子供が犯罪に走らないように」
と、子育てに不安を抱くようになっておりました。

あの当時の我が家でも、小学生の二人の子供を持つ親として「どう育てていけば、いいんだろう?」
と、妻と共に不安を抱いた記憶があります。

宮崎勤の事件依頼、
似たような異常犯罪者が続出しているのは周知の事実です。
未だもって、何の解決策も見出せず、子供を持つ親たちにとっては、益々不安が募る社会状況にあります。

そして、今回の秋葉原通り魔事件。
犯人・加藤智大は「会社のせい、社会のせい」、
そして、「親のせい」にしています。
母親から「勉強しろと言われて嫌だった」「父親も厳しかった」などと理由をあげ、「あんなのは他人だ。関係ない」と突き放しておきながら「誰かに犯行を止めて欲しかった」などと、人との触れあいを求める自己矛盾を露呈しています。

母親が「子供に勉強しろ」というのも、
父親が「子供に厳しい」のも、
当たり前のことであります。
その当たり前の子育てさえもが通じない世の中になってしまったのか・・・。
そうは思いたくありません。

身近に、自分のことを理解してくれる人がいる!
それだけで、歯止めが効くし、子供は健全に育っていく。
小生、そう信じております。

道場において、子供たちは、
痛い、怖い、辛い、きつい、苦しい、に耐えて、日々の稽古を通して、小さな勇気を積み重ねつつ、頑張っております。
指導者として、そんな子供たちとしっかりと向き合い、
“理解してくれる人”であらねばならない!
そう感じる日々であります。

押忍!
posted by 井上誠吾 at 16:25| 日記