2008年11月28日

この国の子供教育を憂う

これまで、このブログでも、
何度となく書いてきた「教育再生会議」ですが、
なんと、11月24日、廃止が決定されておりました。

安倍内閣で設置され、福田内閣に後継され、
「教育再生懇談会」として麻生内閣に受け継がれていたのですが・・・やはり、こうなってしまったか、と憤りを感じます。

安倍さんが、「美しい国つくり」の中で、
「教育再生会議」を設置した時は、既存の中教審と違い、
官邸が主導することで即効性が期待できるのでは、と希望的観測を持って見てきました。
特に、以下の2項目には大賛成でした。

@ 塾に頼らなくても学力がつくようにする。
A 教育格差を絶対に生じさせない。

他の項目の中には、美辞麗句が多く、具体性に欠け、
小生なりに、あれこれと反論もしてきましたが、
この2項目だけは、推し進めて欲しかった!

それが、安倍さんに続き、福田さんも無責任に投げ出し、
そして、麻生さんなどは、一瞥さえもくれなかった。
人選された学者・企業家・文化人らの委員たちが、
顔つき合わせて会議をしただけで、なんの効力も発揮することなく、税金の無駄遣いのし放題で、終わってしまった。

こんなことで、この国の教育は、いいのか?

少なくとも、
「ゆとり教育の見直し」から始めようとする、その意気込みと、「教育を再生」しようとする国の方針には、希望と期待が持てたのです。
なぜ、いろんな可能性を探究しなかったのか?
なぜ、最後まで真剣に向き合ってくれなかったのか?
この国の未来は、子供たちの手に委ねられているのです。
教育に関して、歴代の首相たちが、そう簡単に放り出してよいものなのか!

マスコミは、麻生さんの失言ばかりを取り上げていないで、
“子供の教育に関して、一瞥もしなかった”
そんな首相の無策を取り上げ、弾劾しろ、と言いたい。

世の親たちは、
子供の教育に関して、そう簡単に放り出したりはしません。
いろんな可能性を見出そうと模索する筈です。
最後まで真剣に向き合おうとする筈です。

今の世の中、
物は溢れていますが、人々の心は荒んでいます。
「精神の豊かさ」こそが求められている時代です。
次世代を担う子供たちに、物質的にも精神的にも、豊かな心を持てるような教育が必要なのです。

もう、この国の指導者に期待をしてはいけないのかなぁ・・・。

このような国のあり方を見るたびに、
益々、武道空手の存在意義と使命感を深く感じる次第です。


posted by 井上誠吾 at 09:56| 日記

2008年11月21日

2年の時の流れ・強く優しい日本人

誠真会館を立ち上げて、2年が過ぎました。

もう2年、時の流れの早さを感じます。
されど、一つひとつ、様々な出来事を思い返してみれば、
とてつもなく長い2年間だった、とも言えます。

仁・義・礼・忠・孝・勇・信──。
誠真会館の支柱となる道場理念です。
仁とは、人へのおもいやり。
義とは、人へのすじ道。
礼とは、人への敬い。
忠とは、人へのまごころ。
孝とは、人への善行。
勇とは、挫けないこころ。
信とは、欺かないい生きかた。

この道場理念を根本に、
空手を通して出会った人々と、
「強く優しい日本人になる」ことを共に志向したい!

その気概を持って、道場を開設いたしました。

今でも、尚一層強く、その気概を保ち続けておりますが、
そう何もかも、うまくいかないのが人生であります。
「禍福は あざなえる縄の如し」
たかが2年、されど2年で、良いこともあれば、悪いこともあり、時には災いが福となったり、その逆に福が災いのもとになったりの、2年でありました。

正直に申し上げます。
このブログで、もっともらしいことを述べてきてはおりますが、
これは、自分自身にも言い聞かせてきた事なのです。

壁にぶち当たったり、何かに躓いたりするたびに、
自分を叱咤しつつ、
「人間、こうあらねばならない」
と自戒の文章をしたため、自らを発奮させてきた、といっても過言ではありません。

常に弱い自分がいます。
そんな弱い自分に負けてたまるか!
と、闘い挑んでは、七転八倒している自分がおります。

願わくば、一喜一憂することなく、
何が起ころうが、泰然自若としていたいものです。
しかし、いかんせん生来の気性が温厚にできておりません。
世間に蔓延する理不尽なものを見るたびに、鉄槌を下したい、との強烈な怒りが込み上げてきます。

理想とするところは、自分らしく、身の丈にあったまま、
「強く優しい日本人になる」
この理念に尽きます。

3年目に入った今、
清瀬支部、九州本部、と理念を共に志向する人々が数多くいることの幸せを実感しています。
小生自ら、
「強く優しい日本人になる」べく、
残る生涯、修養を続ける覚悟をしております。

出会った人々に感謝を込めて、押忍!



posted by 井上誠吾 at 10:53| 日記

2008年11月15日

続・リーターのあるべき姿

定額給付金で国が揺れ、自治体が揺れています。

景気対策とのことですが、選挙対策であることは、誰が見ても明らかなことであります。
お金をバラ撒けば選挙民はなびく、と思っているのなら、
なんとも国民を馬鹿にした政策であります。

前回、上杉家中興の祖・上杉鷹山公のことを書きましたが、
もし、鷹山公が、今の日本の首相になったとしたら、
どのような政策を打ち立てるのだろう、と想像してみました。

以下( )内は、すべて江戸中期における鷹山公の実績です。

おそらく、首相(鷹山公)は、
サブプライムローンから始まる、
アメリカの金融失策(財政難に苦しむ幕府の失策)を見て、
世界との(幕府や各藩との)協調路線を取りながら、
不況に苦しむ日本国内(経済破綻で苦しむ米沢藩内)へ向けて、内需拡大を行うでしょう。

食料自給率が40%の日本(土地が荒れ果て作物さえ育たない米沢藩)ではいけない!
産業の空洞化で雇用に苦しむ人々(困窮のあまり土地から逃げていく人々)がいてはいけない!
と考え、日本国民(米沢領民)に目を向けての大改革を行うことでしょう。

そして、首相(鷹山公)は自ら質素倹約を示すべく、
高級ホテルでの飲食を控えて(一汁一菜にして)、
ブランドのスーツから紳士服のコナカか青山に(絹から木綿に)着替える。
等々と自らが贅沢をしない生活に徹することでしょう。

当然、既得権を持ち、贅沢をしたい、
官僚や政治家たち(老臣や高級武士たち)からは、
猛烈な抵抗や横槍を入れられますが、うろたえることなく、
役人主義を廃して、国民(領民)のために働こう、
と真摯に説得していくでしょう。

そして、懸命に企業努力している会社(武士)には、
貸し渋りや貸しはがしなどしない(殖産興業に着手する武士には藩の公金を与える)──つまり、質素倹約はするが使うときには使う予算編成をしていくことでしょう。

さらに、後期高齢者医療制度などは廃止して、
福祉政策(孤児、孤老、障害者、老人、子供たちへの自助と扶助と互助政策)を施して、
学問を志す若者には貧富の格差なと関係なく、
誰もが勉強できる環境(武士も庶民も学べる藩校・興譲館)を作り、格差社会をなくし、
弱者に対する手厚い政策を実現していくでしょう

まだあります。
地震・災害(天明の大飢饉)があった時、
国の官僚たち(藩の役人たち)が、自ら手本となり、
一切の贅沢を慎み(領民と同じ粥を食べ)、
国民(領民)のために懸命に奔走していくでしょう。
それを見た日本の高額所得者たちも、
低額所得者層に目を向ける(藩の富裕層が貧しい人々を競って助ける)ようになっていくでしょう。

とまぁ、もし、鷹山公が現代に現われ、首相になったなら、
以上のような政策を実現し、
日本国民に優しさやおもいやりを蘇らせる(米沢領民に人を愛する心を蘇らせる)こと、と想像されます。

今回、定額給付金を支給されると、
大家族の低所得の人たちは、本当に助かるとは思いますが、
それは一時的な付け焼刃にすぎず、
庶民を救う確かなる経済政策とはいえないでしょう。

「富めるに誇らず、貧しきを見捨てず」
と、武士訓にあります。
鷹山公は、それを実践した、偉大なるリーダーであります。

あそう・・・なんて感心しないで、麻生さん。
ほんと、頼むよ!

posted by 井上誠吾 at 12:04| 日記

2008年11月04日

リーダーのあるべき姿

連休の最後の日、ある本を読みました。
「上杉鷹山の経営学・危機を乗り切るリーダーの条件」
作・童門冬二、です。

20年ほど前に買って、何回も読み返した古本であります。
上杉鷹山──上杉家中興の祖、と言われる名君です。

妻が上杉の城下町・米沢の出身なので、田舎に帰るたびに、今は亡き読書家の祖父から、上杉鷹山の事は酒を酌み交わしながら何度も聞かされてきました。
その影響からか、上杉鷹山の本が書棚に何冊かあります。
米沢では敬称を付けて「鷹山公」と呼ばれております。

鷹山公とは、
「なせば成る なさねば成らぬ 何事も 成らぬは人のなさぬなりけり」との名言を残した人物。
さらに、ケネディ大統領が、日本人記者団と会見した時、
「尊敬する日本人は誰ですか?」と質問されると、
「それはウエスギ・ヨウザンです」
と、答えた人物でもあります。

破綻寸前の上杉家の養子となった鷹山公は、
山も、川も、田も、畑も、荒れ果て、
そこに住む人々も土地も、すべてが死んだような環境の中、
「藩主は、人民に奉仕するためにある」
と公言し、やさしさとおもいやり、に満ち溢れた行動で、
「領民を富ます」ため、大改革を打ち立てました。

江戸中期において、
「主権在民」を実行する藩主など、他に類を見ません。
当然、特権階級の重役や老臣たちから不満が起こり、
反旗をひるがえされます。
しかし、鷹山公は怯まず、「領民のため」に奔走します。
その志は、理解ある側近や、それに続く藩士たちの支持を受け、ついに財政再建を成し遂げるのです。

家臣は勿論、
農・工・商に携わる人々を深く愛し、
人民が富むだけでなく、
「人を愛する心さえも蘇らせる」
ことに成功したのです。

最近、カップ麺の値段を400円くらいといった総理大臣に、
爪の垢でも煎じて飲みなさい、と進言したい。
人情が希薄となり、
弱者に目を向けない現代にこそ通じる、
リーダーのあるべき姿が、鷹山公の生き様にあります!

小生自身、時折、書棚から引っ張り出してきては、
驕り高ぶってはいないか?
周囲を蔑ろにしてはいないか?
やさしさとおもいやりを失ってはいないか?
と、反省し、
「人生、学ぶことのみ多かりき」
と感服させられる偉人です。

posted by 井上誠吾 at 09:29| 日記