2009年02月04日

父子鷹

「お久しぶりです」
突然、見知らぬ好青年から声をかけられ、暫し、思い出すのに時間がかかりました。
そう・・・あれは、もう10年近くも前になるでしょう・・・。

「お父さん、頭が痛いから、帰ってきて」
小学生の一人息子から電話を貰った父親は、当時、居酒屋チェーン店の主任をしていました。
客が手薄になったのを見て、父親は店長に理由を説明すると、急いで帰路につきました。

離婚して、男手ひとつで子供を育てている父親にとって、子供の病気が何よりも不安材料であったのです。
しかし、父親が家に帰ると、そこに立っていたのは、健康そのもので、父の帰宅をニコニコと喜ぶ子供の姿でした。

何のことはない、寂しさのあまり、お父さんに帰ってきて欲しいから、嘘の電話をかけていたのです。

やがて、その子が中学に入ると、ワルい仲間と付き合い始めたり、親のいうことを聞かなくなったりしてきました。

確か、その頃です。
父親が「空手を習わせたいのですが」と小生のところに相談に来たのは──。
父親と息子と三人でいろいろと話した結果、「空手は習わないけど、お父さんには、もう迷惑をかけないようにする」と約束を交わして別れました。

その後──。
父親からは「息子は、まぁなんとか、やっています」との報告を受けていましたが・・・小生は、正直なところ、本当に大丈夫だろうか、と心配になっていました。

父親の勤務は、夕方から翌日の朝まで。
息子が学校から帰ってきて、翌朝、学校に行くまでの時間とほぼ一緒です。
父親が不在の時間、十代の多感な反抗期の少年が、一人で自由に過ごす、ということは、危険な落とし穴に陥りかねない状況です。
そうして非行に走ってしまった不良たちがいることは、周知の事実でありましょう。
そんな不良たちと、同じ轍を踏まなければいいが・・・。
しかし、それは小生の杞憂でした。

「お久ぶりです」
と声をかけてきた好青年が、あの時の息子だったのです。
横には、現在、チェーン店の店長職に就いている父親が、
「今、店で一緒に働いているんですよ」
と、嬉しそうに微笑んでいました。
どうやら、父親と同じ職業に進みたい、との事、素晴らしい!

男手ひとつで、多感な時期の息子を育てるのは、筆舌に尽くせない苦労があったことは間違いありません。
確か、あの頃の父親は・・・、
夕方、出勤する前に、息子の夕食を作り、翌朝、仕事を終えて帰宅すると、すぐに息子の朝食と昼弁当を作り、息子を学校に送り出すと、洗濯や掃除をしてから、やっと床につく、と話していました。

おそらく、息子は、そんな父親の姿を見ていたのでしょう。
だからこそ、変な方向に走ることなく、父親と同じ道を選んだのだと推察しております。

父子鷹、頑張れ!

posted by 井上誠吾 at 10:47| 日記