2009年04月25日

弱い自分 & 強い自分

人は、けっして強いものではありません。

長い人生を歩んでいくうちには、
とことんまで落ち込み、弱音や愚痴を吐き、
ヤケになって、自暴自棄になることもあるでしょう。

だからこそ、人間なんだ。
そう、思います。

弱いからこそ、強いものに憧れ、
自分にないものを他人が持っていると、羨ましくなり、
その能力の差がありすぎると、憧れ、へと変わっていく。

しかし、最初から強い人間なんて、この世に存在しません。
今、どんなに強いと賛辞されている人間でも、
過去には、生まれたての赤ん坊のように、人の手助けなしでは、成長できない時期が必ずあったのだから・・・。

小生思うに、
強いとは、腕力・体力・能力、の指数ではなく、
ましてや、社会的な地位・名誉・財産、の指数でもありません。
それらは、すべて一時的な力にしか過ぎません。
事実、世の中には、
腕力が衰えたり、能力が発揮できなかったり、財産を失ったりして、失墜した人が数多く存在しています。

時々、「俺は強いんだ」と、勘違いしている人間に出会うことがあります。
そんな輩を見ていると、虚勢や自惚れ、が見え隠れしていて、
逆に、なんと弱い人間なんだ、と感じてしまいます。

一個の人間として、
弱い自分としっかりと向き合い、
虚勢もなく、自惚れもなく、あるがままの姿で、
自分の考え、自分の信念、自分の情熱を内に秘め、
自分の「志す道」を貫き通す人!
そのような人が、強い人、だと思います。

それでも、人間なんだから、
当然、弱音も愚痴も言いたくなるでしょう。
しかし、例え配偶者でも、例え肉親でも、例え親友でも、言えないことがある。
否、配偶者・肉親・親友だからこそ、言ってはいけないことがある、と表現したほうが正しいのかも知れない。

そんな時は、
“弱音や愚痴”という“負のエネルギー”を発散させず、
自分の中に、溜め込めるだけ溜め込んで、
それをバネにして“正のエネルギー”へと転化させ、
「志す道」の中で完全燃焼させる!

“負のエネルギー”は貯金することで、
“正のエネルギー”となって活用できる。

空手の道においても然りです。
弱い自分と向き合ってこそ、
強い自分が発見され、培っていける。

「弱い」は、やがては「強い」に通じる!
そう、確信しています。
押忍!

posted by 井上誠吾 at 17:24| 日記

2009年04月13日

親と子の絆 一個の人間

親しくしている作家が言いました。
「親と子というものは、所詮は他人なんだ」

冷たい言葉に感じますが、さにあらず、
「所詮は他人」ということは、
「赤の他人」ということではなく、
血は繋がってはいるが、一個の人間として、「他人」として、互いに尊重し、認め合うことが必要だ、と言っているのです。

さらに、その作家は、
「最後は一人で死んでいくのが人間の宿命(さだめ)なんだ」
とも続けました。

小生、突き放したような言い方の中にも、人間の真実を鷲掴みにした荒々しさを感じ、深く頷いていました。

「人は一人で生まれて、一人で死んでいく」
だからこそ、例え親子でも、
一個の人間として、互いに甘えることなく、
「孤独に耐えながら、強く生きていく力」
を身につけなければならない。

しかし、親子だからこそ、
血の繋がった人間ゆえの温かみを失わず、
親が子を、子が親を、心配する心だけは失ってはいけない。
そう思います。

生前、父が言ったことが思い出されます。
「いくつになっても子供は子供たい」
もう30才も過ぎ、二児の父親になっていた小生に、そう言ったのであります。
久々に帰郷し、酒席で生意気な事を口走った小生を、やんわりと父がたしなめた瞬間でした。
何かと、すぐに暴走してしまう息子を心配しての言葉だったのです。
30才過ぎて尚、親に心配かけている自分が情けなく、腹立たしかったことを、昨日のことのように思い返されます。

あれから、四半世紀の時が流れ、
長男も30才を過ぎ、次男も30才に近くなり、あの頃の小生と同年代になってきました。
「いくつになっても、子供は子供」
父と同じ思いで、息子たちを見つめている自分がいます。

親離れ子離れ、は互いに必要なことです。
しかし、かたや、
親と子の「普遍的な絆」という温かさは、色あせることなく存在し続けることも事実でありましょう。

親と子が歩む長い人生にあって、
一個の人間として、互いに尊重しあい、認め合う。
そして、
互いを心配する「絆」さえあれば、例え、どのような大問題が発生しようが、解決の道はおのずと開けてくる!

小生自身、そう信じて、息子たちと向き合っています。

posted by 井上誠吾 at 10:04| 日記

2009年04月06日

親と子・・・更正。

パソコンを開くと、
「中村雅俊は涙、長男を引退へ」
との見出しが出てきました。
なんのことだと、見ていくと、どうやら、中村氏の長男が大麻所持で逮捕されたようです。

中村氏が社長を務める事務所に長男も所属しているらしく、
「役者もやめさせ、芸能界からも引退させます。これくらいやらないとだめ、奴がダメになる」
と涙を流したとのこと。

これはつらいな・・・!
父親として、これはつらすぎる。
それほど、中村氏は、小生の中で父親として、完璧な人物に思えていたからです。

30数年前、小生が俳優として、駆け出しの頃、
中村雅俊という俳優は、
「われら青春」や「俺たちの旅」という大ヒットテレビ番組の主役をこなし、当時、大スターの萩原健一や松田優作に続く、小生の憧れの存在でありました。

その後、小生の大好きな女優の五十嵐淳子さんと結婚し、
子供たちにも恵まれ、仕事においても、私生活においても、幸せこの上ない人生を歩んでいた人(俳優)と、心のどこかで、羨望の思いで眺めていました。
それが・・・このようなことになるとは残念です。

小生、30年ほど前、何度か中村雅俊氏とはテレビの現場で、一緒に仕事をしたことがあります。
その時、
「これほど人柄の良い俳優がいるだろうか」
と思うほど、何一つ飾らず、それでいて、共演者にもスタッフにも気を遣い、その場の空気を盛り上げている姿を見て、ある種の衝撃を受けたのです。
その現場には、故・鶴田浩二さんもいらっしゃいました。
故・緒方拳さんもいらっしゃいました。
そうそうたる大物俳優たちの前で、
中村氏が、育ちのよい脳天気なボンボンのような明るさで(そのような表現しかないくらいに明るく)、周囲に気を遣っているのを見て、衝撃を受けたのです。
まったく売れていない小生なんかの若手にも気を遣って、
微笑みながら現場の空気を盛り上げているのです。
二才年上だけなのに、すごい、と思いました。

小生など、若気の至りで、超ツッパッていたものですから、
あまりにも謙虚すぎる中村氏を見て、
「こいつ、なんだ?」
と、腹立たしいほどの衝撃を受けたことを覚えています。

その後、中村氏は五十嵐さんと幸せな結婚生活を送り、子供たちにも愛情を存分に注ぎ、人が羨むほどの円満な家庭を築いてこられたのです。
折りしも、小生にも同じ頃に子供たちが生まれ、曲がりなりにも家庭を築いてきたものですから・・・今回の大麻所持には、なんで? どうして? と、これもまた衝撃なのです。

中村氏は、
「絶対、更正させます」
と何度も唇をかみしめていたとの事。

本当に、息子さんを更正させてほしい!
こんな世の中です。
今、子供を持つ親の誰もが抱えうる“問題”に、スターである
あなたが直面しているのだから、手本になってほしい!

明日からのワイドショウ・・・。
この件を取り上げ、面白おかしく騒ぐのだろうな・・・。

一人の人間を潰すことなんて、簡単なんだよ!
大切なのは、その人間を蘇らせること。更正なんだ!
と、言いたい。

この「親と子」に関しては、また別の角度から書かせてもらいます。
posted by 井上誠吾 at 00:03| 日記