2009年06月27日

「三方よし」の指導

「教え手よし」「習い手よし」「世間よし」
誠真会館の指導は、
「三方よし」
そうありたいと願っております。

「三方よし」とは、よく耳にする言葉でありましょう。
かつて、近江商人は他国へ行商する際に、
「他国へ参りても、私利をむさぼることなく、天道のめぐみ次第と、ただその国の人々を大切におもふこと」
との考え方を保ち、
「売り手よし、買い手よし、世間よし」
という「三方よし」、の商売理念へと集約させていきました。

つまり、
「売った人」は利益を得て、
「買った人」は喜びを得て、
それによって、「社会が発展」する。
商売とは、利益が目的でなく、社会に役立つことが大切で、
“その結果としての報酬”を得るものだと捉えていたのです。
まさに、
「商売を通して、社会に貢献する」
ということであります。

この理念は、誠真会館の、
「空手を通して、社会に貢献する」
という空手理念にも共通するものです。

冒頭に述べました、
「教え手」とは指導者のこと、
「習い手」とは道場生のこと、
「世間とは」社会全体のこと、であります。

指導者が、
道場生の一人一人と向き合い、
“強く優しく”成長した道場生が社会に役立つことが大切で、
“その結果としての月謝”を納めていただいているものだと捉えています。

「空手を通して、社会に貢献する」とは、そういうことです。

誠真会館の目指す空手は、
「社会に有益でなければならない」
空手と社会とは、けっして無縁ではありません。

誠真会館の、
稽古で、試合で、合宿で、催事で、
それらの事で実践し、培ったものはすべて、
道場生の皆さんの財産にしてほしいものです。

「三方よし」
空手を通して、
指導者も、道場生も、社会も、
すべてが良くなっていくことを願っております。

押忍!
posted by 井上誠吾 at 12:25| 日記

2009年06月20日

皆さん、大切なのは集中です。

「集中しろ!」
と、少年部の子供たちを叱咤激励している小生ですが・・・。

先日・・・、やってしまいました。
続けて、2回も・・・、
集中、していなかったのです。

1回目は──。
毎朝、バナナ・きな粉・すりゴマ・ヨーグルト・黒糖・酢・ハチミツ・・・等々に青汁粉末を入れた"青汁・特製ジュース"を作って飲んでいるのですが・・・、
その日は、朝から、いろいろな問題や用事が山積しており、
「困ったな」「参ったな」「どうするかな」
と、あれこれと考えながら、"青汁・特製ジュース”を作っていました。

青汁の粉をサーッとミキサーの中に入れて、
空になった青汁の袋をゴミ箱の中にポイッと捨てた時、
「ぐあ〜ッ!」
固まりました。

なんと、作業が逆。
青汁の粉をサーッとゴミ箱の中に入れて、
空になった青汁の袋をミキサーの中にポイッと捨てていたのであります。

「集中しろよ、俺!」
思わず、自分を叱咤激励していました。

2回目は──、
"青汁ポイ捨て事件”から3時間後、近所のスーパーで起こりました。
自転車でスーパーへ向かう途中、
財布がズボンのポケットから落ちそうになったので、
集中しながら、自転車のカゴの中に財布を入れたのです。
財布も落とさず、無事にスーパーに着き、店内に入って、
おはぎ・あんぱん・チョコレートを買って、
「甘いもの食べないと、脳が疲れるからな・・・」
などと思いながら、レジの前に立つと、
「ぐあ〜ッ!」
再び、固まりました。

財布がない!
自転車のカゴの中に入れたまんまだ!
ぴゅ〜ッと、まるでマンガの主人公のように駆け戻ると、
「あった!」
いとしの財布クンは自転車のカゴの中で、人目につかぬよう、
こじんまりと納まってくれていました。

「脳が疲れてるな、俺」
再び、自分を叱咤激励しました。

と、いうわけで、
皆さん、大切なのは集中です。

少年部の子供たちの声が届きそうです。
「おまえも集中しろよ」

押忍!


posted by 井上誠吾 at 08:28| 日記

2009年06月12日

世界的大不況に思う

この大不況、そろそろ底なのか、
それとも、まだまだ果てしなく続くのか・・・。

「世界経済というのは魑魅魍魎という化け物たちが住み、暗躍する世界だ」
と、知人の作家が言いました。

化け物たちが蠢く世界に、首など突っ込みたくもないが、
地球上に住む、一個の人間として、利をむさぼり続ける化け物たちに一太刀も二太刀もあびせたいと思うのは、小生ひとりだけではないでしょう。

人はどう行動すれば美しいか、
と、いうことを思考するのが武士道です。
武士たちは、どう思考し、どう行動すれば、公益のためになるか、という理念のもとに自己を律していました。

小生の尊敬する作家・司馬遼太郎氏は、
「幕末期に完成した武士という人間像は、その結晶の見事さにおいて、人間の芸術品とまでいえる。
この種の人間は、物欲を肯定する戦国期の武士や、あるいは西洋の騎士には生まれなかった。
サムライという日本語が世界語であり続けているのは、
彼らが両刀を帯びてチャンバラをするのではなく、
類型のない美的人間であったからであろう」
と述べています。

この国には、紛れもなく、美しく強く、
世界に誇るべく「サムライ」という人たちが存在していました。

小生の拙い考えかも知れませんが、
大不況の解決策は、
「公益のために自己を律したサムライ」という人たちの生き様の中にこそ、答えが見出せる。
そんな気がします。

やや“我田引水”気味になるのが小生の癖ですが、
武道の中には、世界に誇るべく「サムライ」の精神が脈々と受け継がれているのは事実であります。

政界人たちよ、
官界人たちよ、
財界人たちよ、
先ずは、武道の精神から学べ!

世界が大不況から脱するのを願って、押忍!



posted by 井上誠吾 at 20:58| 日記

2009年06月02日

大和撫子

先日の電車内での出来事。
近くの椅子が空いたので、座ろうかな、と足を踏み出すと、後ろから誰かが、ドンとぶつかり、先を競うように空いた席に座りました。

若い女性でした。
109系ファッションとでもいうのでしょうか、渋谷の街角でよく見かけるような若い女性です。
彼女、人にぶつかった感覚などなく、小生に目もくれません。
ま、いいか・・・と呆れつつ、その女性を傍観していました。

一見、垢抜けしていて、可愛いいのですが・・・よく観察すると、ビヨンセとかいう歌手の物マネをする芸人さんがダイエットして、スレンダーになった感じ。
そんな彼女が、座って間もなく、大きめのバッグの中を覗き込み、モゾモゾと何やら探り始めました。

コイツ、化粧でも始める気だな、と思っていたら、違った。

彼女が取り出したのは、スターバックスのコーヒーと菓子袋。
先ずは、クビッとコーヒーを口にすると、菓子袋から固形パンを取り出し、パクパクと食べ始めました。

とても電車の中の光景とは思えません。
何度か、電車内で飲食する人を見かけたことがありますが、
これほど、板についたというか、様になっているというか、堂々としているというか・・・、
まるで、彼女の空間だけが“食堂車”と化しているのです。

菓子パンを食べ終え、食後のコーヒーも済ませた彼女。
再び、カバンの中を覗き込み、何やら取り出したのは、
今度こそ、予想が的中、化粧道具です!

それ以上、塗りたくって、どうすんだよ。
と、ツッコミたくなりましたが、
彼女、相変わらず、板につき、様になり、堂々としており、
まるで、彼女の空間だけが“化粧室”と化しています。

スゴイなコイツ・・・その存在感に感心していると、
次の瞬間、ど派手な着メロが鳴り、
「もしもし、今、電車の中、これから○○くんに会うとこ」
女友達に、「大好きな彼」とのデートの報告。
まるで、彼女の空間だけが“電話ボックス”と化しています。

移動時間をここまで見事に有効利用するとは、
感心──している場合じゃない。周りも迷惑な思いをしているだろうから、ここは注意をしなければ、と思った瞬間!

彼女、「あッ、着いた」と携帯を片手に実況中継しながら、乗って来た時と同じ勢いで、小生にドンとぶつかり、ホームへと飛び出していったのです。
「おいッ!」
という小生の声だけが虚しく電車内に残り、あとは嵐が去ったような静けさ・・・。

かつて、
可憐で、清楚で、凛々しく、慎み深く、芯が強い、
そんな日本女性のことを“大和撫子”とい言いました。

こんな混沌とした世の中ゆえに、
“泥沼に咲く蓮の花”のような、
美しく強き“大和撫子”を望みたいものです。
少なくとも、誠真会館で稽古に励む女性たちには、
そうあってほしいと願っております。

押忍!


posted by 井上誠吾 at 10:02| 日記