2010年01月30日

人格を養う教育政治

「人格を養う教育」
と、鳩山さんが施政方針演説の中で述べました。

「命を守りたい」を皮切りに、
平和の伝道師・ガンジーの名言を引き、
「人格なき教育、人間性なき科学、ではなく、人格を養う教育、を目指し・・・(中略)・・・子どもたちに幸福な社会を、未来にかけがえのない地球を引き継いでいかねばなりません」
と、述べました。

大賛成であります。
「理想だけで、現実味がない」と野党は批判していますが、それでは、どんな日本であればいいのか、と問い返せば鳩山演説に勝るものを野党は持ち合わせていないでしょう。

鳩山さんのいう、
「人格を養う教育」は素晴らしい理念です!
しかし、それを、いったい誰が実践するのか?
と、なれば、確かに現実味が薄れてくるのは否めません。

ゆとり教育で失敗した文科省以下、教育機関にできるのか?
足の引っ張り合いばかりしている政治家にできるのか?

ちなみに、小生の知り合いの政治家が、
「政治家で、真剣に政治に取り組んでいるのは10%くらい」
と、自戒を込めてこぼしていました。
つまり、あとの90%の政治家は「地位や名誉や権力のため」、政治家の職についている、との見方もできるのであります。

そんな政治家や文科省以下の教育機関の役人たちに、
「人格を養う教育」など実践できるはずがない!

では、誰だ、といえば、手前味噌ではありますが、
「武道家がいるぞ」
と、小生は断言させていただきます!

そもそも、人格を養うとは、人の“個”の問題であります。
人として生まれ、どう生き抜いていくか、の問題なのです。
その答えが、
“武士道を源とした武道”の中に、
生きた手本となって、脈々と息づいています!

なにも、空手だけじゃない。
武を源とした、剣道、柔道、弓道、合気道、居合道、等々、
武士道は、文・武の両道を極めること、を主眼としています。

そんな武道精神を探究している武道家が、
「痛み」や「苦しみ」「辛さ」や「怖さ」を実践を通して教え、
人に対する慈しみを育ませるべきなのです。

それこそが「人格を養う教育」である、と確信しております。

ほかに何か方法がありますか、鳩山さん?
野党の批判に同調する気など毛頭ありませんが、
「理想だけで、現実味がない」と言われても仕方ない。
しかし、今の日本に、それを実際に具体化して、子供たちに接している武道家が数多く存在するのは事実ですよ。

本腰を入れて、
学校教育の現場に武道を取り入れていくべきです!

少なくとも、誠真会館の指導者たちは、
確固たる理念を持ち、道場生の皆さんと向き合っております。
我々は国政レベルと比較すると芥子粒ほど弱小ですが、
今、誠真会館の道場で投じている小さな「善の波紋」が、
将来は、大きな「善の波紋」となって広がっていく!
そう、確信しております

押忍!

posted by 井上誠吾 at 22:35| 日記

2010年01月21日

力なき正義・正義なき力

数学者・哲学者・思想家のパスカルがいわく、
「力なき正義は無能であり、正義なき力は圧制である。なぜならば、つねに悪人は絶えないから正義なき力は弾劾される。それゆえ正義と力を結合せねばならない」
学校で「パスカルの原理」や「パスカルの三角形」を習った、あのパスカルの言葉であります。
確かに、事を成すには、正義だけではなく、力も必要です。

しかし、
「勝てば官軍、負ければ賊軍」という言葉があります。
勝てば、道理に合わなくても正義とされ、
たとえ、道理に合っていても負ければ不正なものとされる、との意味です。

維新戦争の嵐の中、
無残にも散った「新撰組」や「白虎隊」などが賊軍とされましたが、彼らには正義がなかったのか・・・。
否! 彼らには、彼らの置かれた立場として、美しく気高すぎるほどの彼らなりの正義がありました。

では、正義とは何なのでしょう?

正義を、「人の道として正しいこと」、と定義するならば、
血を血で洗う戦争には、「正義」は存在しない!
正義という名の下での殺戮は、断じて許すべきではない!

「核なき世界」を訴えたオバマ大統領さえ「平和のため」と称してアフガニスタンに兵力増強しようとしている。
その愚行は、ベトナム戦争の二の舞になりかねない!

「正義と力の結合」は「権力者の驕り」へと繋がる。
それは、マニフェスト・ディステニー(神の天命)」の名のもと、世界を牛耳ってきたアメリカの歴史が証明しています。

そんな負の歴史を繰り返してきたアメリカだからこそ、
オバマさん、ここは勇気ある軍事撤退をして、タリバンと膝を交え、命がけの和平交渉をして下さい!
そして、真のノーベル平和賞に値する人間になって下さい!
正しい戦争、などある筈はないのです!

幕末時、江戸城の無血開城の裏には
「命もいらぬ名もいらぬ、官位も金もいらぬ人間は始末に困る。だが、この始末に困る者でないと大業はなしえられぬ」
と、西郷隆盛に言わしめた武の達人・山岡鉄舟の私心私欲のない下働きがあったからこそ、血を流さずことなく開城されたのです。

武道の武とは、
戈(ほこ)を止める、争いを止める、という意味があります。
「正義と力」が、正しく実行されるのは至難の業です。
しかし、日本には、世界に誇るべく「武という平和」の伝統があります。
小生は、パスカルが提言した「正義と力」は、
武道の国・日本だからこそ、実現できると確信しています。

誠真会館の武道空手は、
そんな「強く優しい日本人」を作るためにあります!





posted by 井上誠吾 at 11:37| 日記

2010年01月16日

私心・私欲なく、日本の大洗濯!

朝起きると、小沢幹事長の秘書逮捕の報道!

政治と金の問題がまた出てきました。
民主党としては、鳩山総理大臣の「実母からの献金疑惑」に続く大問題であります。

このブログは様々な立場の人が見ておられるから、妙に誤解をされると困るのですが・・・ま、誤解を恐れず申しましょう。
小生、実は何を隠そう、
鳩山さんと小沢さんの政治には、大いに期待している一人なのであります。
それは言い換えれば、民主党の政治に期待している。
もっと別の言い方をすれば、民主党と自民党(新党でも良い)、二大政党による政治、に期待しているのです。

今、日本の国がかかえている問題は、
大不況への経済対策、
25%削減を宣言した温暖化対策、
官僚天下り&ムダ使いの廃止、事業仕分けと予算編成、
普天間基地をはじめとする日米の軍事協定、

上記の中には、
円高・デフレ・子育て支援・八ッ場ダム・経済&教育&地域格差・母子加算・医療制度・暫定税率・外交、等々、
我々の日常生活に直接的、または間接的にかかわる問題がすべて含まれています。

今、まさに「国の大洗濯」が必要な時代です。

坂本竜馬は「日本を大洗濯する」といって、それを実行して見せました。
しかし、その竜馬にも、鳩山さんの母親のように、竜馬の夢を実現させようとした大スポンサーがいました。

海援隊のスポンサーとなった長崎の豪商・小曽根乾堂、
さらに、幕府の四賢候と呼ばれた松平春嶽、
そして、犬猿の仲だった薩摩藩と長州藩からも、
さらには、竜馬が倒そうとしている幕府からも、
その上、脱藩した土佐藩からも、
もう敵も見方も関係なく、豪商・幕府・反幕府と、それぞれから莫大な資金を用立てさせています。

今、それをやれば、間違いなく政治資金規正法に触れ、
坂本竜馬の逮捕! は確実でありましょう。

ただ言えることは、
坂本竜馬という人には、「私心・私欲」がなかった!
それゆえに多くの人や藩が資金を提供したのでしょう。
竜馬いわく、
「この世に生を受けるは、事を成すため」
純粋に、日本を大洗濯することが彼の目的でした。

小生は生意気かも知れませんが、顔見知りの民主党や自民党はじめ、政治に関わる人たちに会えば、坂本竜馬の例えを引き、日本を大洗濯して貰いたい、と物申してきました。
すると、小生の息子たちは、
「今の政治に期待するのが間違い」
と言い放つので、そのたびに我が家は“朝まで生テレビ”状態に陥り、大議論を繰り返すのですが・・・、
小生は、頑なまでに、政治には大いに期待しております。

今回の小沢さんへの疑惑は、検察との対決を見守るしかありませんが・・・、
小沢さんはじめ、政治家、そして、官僚や役人の皆さん、
あなた方に「私心・私欲」がない限り、
「日本の大洗濯」は可能だと信じています!

もし、それが出来ないのなら、
息子たちが言うように、政治に期待するのは間違い、なのかも知れません。

我が身に照らすと、空手の指導者にも、
この「私心・私欲」があってはなりません!
誠真会館の指導者たちは、
「強く優しい日本人を育成するため」
純粋に、道場生の皆さんと向き合い、共に成長すべく、日々努めている、と胸を張って断言できます!

日本の大洗濯を願って、押忍!


posted by 井上誠吾 at 14:17| 日記

2010年01月09日

「剣禅一致」を源流に「拳善一致!」


誠真会館を創立した目的は、
「武道を通して、強くなった分だけ弱者に手厚く、『強くやさしい日本人』になることを共に志向する!」
これにあります。

生きていく中では、
精神的に苦しかったり、
肉体的に苦しかったり、
誰しもが経験することです。

その精神的苦痛、肉体的苦痛から逃げず、
真っ正面から向き合い、克服することが大切です。

剣禅一致、という熟語があります。
小生なりの見方で解釈させていただくと、
宮本武蔵は、剣の道から、五輪の極意の道へと・・・!
山鹿素行は、兵学の道から、民の平安の道へと・・・!
山岡鉄舟は、剣の道から、思想の達人の道へと・・・!

三者三様、生き様は違えども、
若い頃、戦いの茨道を体験し、晩年に至る頃には、人間らしく生きる道へと大変貌を遂げています。

つまり、三人の武の達人たちは、
人を殺める剣の道には、
人を活かす禅の道が内奥するがゆえに、
人は、全人格的な成熟に至るよう修養すべきである、
と己れの人生を通して大悟したもの、と解釈しております。

ここで、小生なりに、
「剣」を「拳」に、
「禅」を「善」に、
置き換えさせていただき、
誠真会館は、「拳善一致である」と申し上げたい。

「拳」── つまり、空手で培ったものは、
日常生活の中で、「善」として活かしていただきたい!

経済格差・教育格差・地域格差が顕著になった日本。
本来なら、いにしえから伝承されてきた、
仁(おもいやり)・義(すじ道)──の国、
であるべき筈なのに、弱者に対して、こんなに冷たい国に陥ってしまっている。

こんな体たらくな日本で良いわけがない!
少なくとも、誠真会館の道場生の皆さんは、
「強くやさしい日本人」となり、
それを日常生活の中で活かすべく、
「拳善一致」の一石を投じて欲しいと願っております。

その「拳善」の波紋が、身近な人々へと広がっていき、
さらに、地域や社会へと広がっていくことを強く望むものであります

先ずは、
かく言う小生自ら、
「拳善一致」に励むことを年頭に誓いました。

押忍!
posted by 井上誠吾 at 22:05| 日記

2010年01月01日

強く優しく、明るく!

新年あけまして、おめでとうございます!

正月早々、明るく行きたいところですが、
いまだ先の見えない大不況と殺伐たる世相を見る限り、
手離しに喜べない状況であります。

40年ほど前、
「右を見ても左を見ても、今の世の中、真っ暗闇じゃあござんせんか」
と前セリフを述べたあと、
「♪筋の通らぬことばかり」
と歌ったヒット曲がありました。

あれから、40年。
世の中は浮き沈みを繰り返し、今まさに、右を見ても左を見ても真っ暗闇で、筋の通らぬことばかり、でございます。
しかし、夜明け前の闇は深い、といいます。
朝は必ずくる、と信じて、明るくいきたいものです。

人間というもの、
生きている限り、苦悩はつきものです。

人間は、悩み、苦しむ生き物だからこそ、
釈迦やキリストはもちろん、
天才と呼ばれた多くの偉大な先覚者たちも然り、
その苦悩と向き合い、どう生きていったらよいかの道標を
迷える後世の我々に伝え残してきました。

武道も然りです。
誠真会館の理念とする、
「仁・義・礼・忠・孝・勇・信」
もまた、偉大な先覚者たちの教えを踏襲し、咀嚼し、
誠真会館の精神的支柱として、解釈したものです。

仁とは、人へのおもいやり、
義とは、人へのすじ道、
礼とは、人への敬い、
忠とは、人へのまごころ、
孝とは、人への善行、
勇とは、挫けないこころ、
信とは、欺かない生きかた、

これらの精神的支柱を根本に、
真摯に自分と向き合い、
そして、闘えば、
真っ暗闇で筋の通らぬ世の中でも、
強く優しく、生きていける!
そう確信しております。

誠真会館の道場生の皆さん方には、
この精神的支柱を、空手のみではなく、
是非とも、日常生活の中に活かしていただき、
逞しく、頼もしく、勇ましく、闘い抜いて貰いたい、と切に願っております。

強く優しく、
そして、明るく!
本年もまた、よろしくお願い申し上げます!

押忍!


posted by 井上誠吾 at 14:08| 日記