2010年07月29日

九州あれこれ紀行

何かと雑事に終われ、随分と遅れての報告となりました。
九州本部の皆さん、申し訳ありません。

さて、7月16日〜18日まで、
九州本部の演武&審査に行って参りました。

先ずは伊良林校区祭り。
28年前、長崎大水害で死亡された方々の霊を慰める祭りであります。
本番前、体育館でリハーサルを繰り返すものの、少年部の気合いの声が小さく、その分、小生の叱り声が段々と大きくなり、体育館内に響き渡る始末です。

ままよ! 納得がいかないまま、本番に挑みました。

結果、何人かの子供たちが移動や型を間違ってはいましたが、板割りで大きな拍手と歓声が上がり、大成功となりました!

そのあとは懇親会の始まりです。
先生方、少年部、そして保護者の方々と膝を交えて話が進みました。
一年ぶりの方もおられれば、今回初めて参加の方もおられ、本当に楽しいひと時を過ごさせて頂きました。

その流れで、長崎市内の夜の繁華街へと繰り出しました。
目的の店へ歩く途中、桑岡隆太先生の顔の広さには驚かされました。通りや街角のあちこちから次々と声を掛けられているのです。
桑岡先生の人柄ゆえのことでしょうが・・・それにしても、市街を歩くだけで挨拶を交わす知人・友人があんなにいるとは素晴らしいことです。

その桑岡先生の馴染みの店に着くと、ある若者が待っていました。
長崎出身の音楽デュオ「フリーウェイハイハイ」の井ノ上竜也君です。
どうやら、桑岡先生は彼を小生に紹介したかったらしく、彼は我々の到着を店で待っていました。

「フリーウェイハイハイ」は長崎で路上ライブ等を経て、
東京へ進出し、メジャーデビューしている、今、人気急上昇の二人組です。
この日は、故郷・長崎でのイベントに参加し、束の間の休息を楽しんでいるところを桑岡先生に呼び出されたようであります。
その井ノ上竜也君、素晴らしい好青年でした!
小生とは、「ノ」は付くているものの、同じ「イノウエ」同士として、意気投合し、いずれまた東京で再会する事を約束し、別れました。

嬉しいことに、毎回、九州本部に来るたびに、楽しい思い出が増えていきます。
坂谷彦山先生・桑岡隆太先生・町田勝先生・坂谷久之先生、そして、今回は仕事で会えませんでしたが、坂谷朝男先生、さらに、道場生や保護者の皆さん方には心から感謝しております!
「長崎は今日も楽しかった♪」

翌日、昇級審査を終え、坂谷彦山先生に見送られ、小生の故郷・福岡の筑豊へと向かう列車に乗り込みました。

「筑豊は今日も寂しかった♪」
かつて、日本の産業を支えた採炭地・筑豊は、もう見る影もありません。

それでも、元首相・麻生太郎さんの地元だけに、麻生財閥関係だけは今も尚、衰えてはいないとの事・・・景気回復を果たせなかった麻生さんなのに、麻生財閥は意気盛んとは、いかんともし難い矛盾や憤りを感じます。

40〜50年ほど前。確か、首相になる前の佐藤栄作さんだと思いますが、産業大臣に就任した佐藤さんは、衰退していく筑豊を視察し、
「政治はいったい何をしていたんだ」
と、嘆きの言葉を残しています。
その言葉は、そっくりそのまま、今も使えます。
本当に、半世紀以上も、政治は何をしているのでしょう。

直方の駅前は、帰郷した一年前と同じで、かつての繁栄が嘘のように行き交う人もなく、ひっそりと静まり返っていました。

それでも、我が故郷・筑豊は愛着のある町であります。
帰るたびに集ってくる友たちと酒を酌み交わせば“友情の絆”を感じます。
そして、兄夫婦や甥や姪やその子供たちと会えば“肉親の絆”を感じます。
さらに何より、認知症の母が小生の顔を見て、名前を思い出してくれることが、この上なく嬉しく、走馬灯のように“親子の絆”をふり返ることができます。
ふるさと・筑豊の活気を取り戻すためにも、
早急に、日本の景気を回復してほしいものです!

九州本部&ふるさと、と二つの題材を続けて書いたので、またナガクなってしまいました。
お許し下さい!
最後まで読んでいただき、嬉しく思います!

さて次回は、合宿について報告させていただきます。
これも遅れての更新で、申し訳ありません。
押忍!



posted by 井上誠吾 at 10:50| 日記