2010年09月26日

いじめられっ子・日本

先ほど、ニュースを見ていたら、
「尖閣諸島沖での中国漁船の衝突事件で逮捕・送検されていた中国人船長が釈放された」
とのこと。

ア然です。
日本政府は何を考えているんだ?

さらに、菅首相が、
「釈放したことについては、検察当局が事件の性質などを総合的に考慮し、国内法に基づいて粛々と判断した結果だ。と述べ、あくまでも地検独自の判断であると強調した」
とのニュースも流れた。

さらに、鳩山のお坊ちゃんが、
「私だったら事件直後に、この問題をどうすべきか中国の温家宝首相と腹を割って話し合えた」
と、もう笑うしかない発言をしていた。


(言葉がない・・・くらい、ガックリです)


日本は・・・、
どうなってしまうんでしょう・・・?


(日本の子供たちの、行く末が・・・案じられる)


戦後、アメリカという親分に、
命令されるままに従ってきたかと思うと、
今度は、中国という力をつけてきたヤンチャに、
ちょっと脅されただけで尻尾を巻いて降参してしまう。

いったい、日本の政治家は、何をやっているんだッ!
中国の漁船から突っ込んできたビデオ映像があるのに、
その映像には、まるで、日本が喧嘩を売られたような証拠が映っているのに、なんで?・・・なんで、釈放するんだッ?

頼むよ、日本政府よ!
アジア地域のリーダー格なんだから、
隣近所の無法国家どもを野放しにするなッ!

北朝鮮という国には、
何の罪もない日本人が拉致されているというのに、
日本政府は、なす術もなく傍観していたと思ったら、
今度は、
北朝鮮の“親戚のような中国”に、
まるで、ヤクザがやるような喧嘩を売られ、脅しに負けて、生き証人を帰してしまうとは・・・!

小生、政治に対して、いろいろと言ってきましたが、こんなに怒りを覚えたことはありません!
これでは、日本は、世界中から「腰抜けの国」と見なされても仕方ないでしょう!

今・・・、
つくづくと、誠真会館の果たすべき役割を感じています。
誠真会館は弱小ですが、その根本は、日本という国の伝承すべき「矜持」に繋がっています。
誠真会館は、右でも左でもありません。
今の日本が忘れ去ろうとしている大切なものを伝え、育み、培っていこうとしているのです!


また手前味噌になりますが、
いじめられっ子は、力をつけて、いじめられないようにするしかないのです!

アメリカにしろ、中国にしろ、
経済力と軍事力を背景にあのような強権を押し進めてくるのです。
あれは、いじめっ子のやり方、そのものです。

ならば、日本も!
原爆を落された日本も!
平和の実現のために、経済力と軍事力、この二つを身に付けるべきです!

軍事力とは、他国への侵略のためではありません!
自分の家に泥棒が入ってきたら、“妻子を守るべく戦う力”のことです。

その“戦う力”を我が家(国)を守るためにしっかりと身につけるべきなのです!

そして、やがて、
日本が経済力も軍事力も持った時、
その時に、
初めて、アメリカや中国に言うのです。
「日本の“武”というのは、戈(ほこ)を止める、ということだ。
経済が豊かで、武力を持った──つまり、強い者は、
争いをしてはいけないッ。卑怯なことをしてはいけないッ。
弱い者に優しくしなくてはいけないんだッ!
それが、サムライなんだッ!」

言ってやってくれッ!

あ〜ぁ・・・やはり・・・、
今の政治家や官僚には、期待はできないのか・・・!
せめて、せめて、誠真会館の子供たちには、
強く、優しく、育ってほしい!

また明日から、頑張るぞ!
押忍!

posted by 井上誠吾 at 00:33| 日記

2010年09月16日

いじめをさせない!

北欧のある国では──、
いじめをした側の子供たちを大人になるまで追跡調査したところ、半数以上が何らかの犯罪に関わっていた。
との記事を読んだことがあります。

北欧の国々は社会福祉が発展し、弱者への“おもいやり”が行き届いており、いじめとは縁遠いもの、と思われていました。
しかし、いじめられた子が自殺する、という事件が発生したことから、いじめをした側の子供たちの追跡調査を行い“いじめをした者に対して厳しい刑罰”を講じようとしているようです。

日本の場合、“いじめられて自殺した報道”が常に流されていますが、そのような報道に「またか」と麻痺してしまった感だけで、国を挙げて、追跡調査やいじめ対策を講じようとはしていません。
ましてや、
「いじめられる子にも原因があるんじゃないか」
と捉えがちであり、
いじめをした者に対して、問題提起をしたり、厳しい刑罰を設けるような事は、ほとんどなされていません。

国政レベルで、文科省・法務省等が連携を組み、刑罰も含めて、このいじめ問題に取り組むべきだと強く思っています。
しかし、おそらく、重い腰を上げることはないでしょう。
如何せん、国会議員はもちろん、各省丁の高官や役人たちの間で、既得権をめぐり、権力闘争を行い、ある種の“辛らつないじめ”が横行しているのですから。
自分たちの“辛らつないじめ”を改めようとしない“お役人様”が、下々の“深刻ないじめ”に対応できるわけがない!

政治家には期待したい!
官僚にも期待したい!
その思いとは裏腹に、どうしてもあきらめの気持ちが生じてしまうのは小生だけでありましょうか。

誠真会館を立ち上げた目的の一つに、
「いじめに負けない、いじめをしない、強く優しい子」
を育成することがあります。

手前味噌かも知れませんが、
「強くなったら、帯の浅い子や、年下の子や、体の弱い子たちを優しく面倒みるくらいになりなさい」
と、常々言っており、誠真会館で稽古を積んだ子供たちは、どう間違っても、いじめなどしない、と確信しております!

しかし、残念なことに・・・正直に申します。
誠真会館では、いじめる子はいませんが、いじめられている子、は何人かおります。
空手を習っているのに、いじめられている?
と、疑問に思われる方もおられるかと思いますが、
その責任は小生の指導にあります。
実は、彼らは、
「空手を習っているから、人を突いたり蹴ったりするなッ」
との小生の言いつけを守り、辛抱しているのです。

彼らは、一様に個性が強いというか、キャラが濃いというか、どちらかというと、ある種の“出る杭は打たれる”で他人より何らかの形で目立っている子たちです。
彼らには申し訳ないが、
「空手で試合やスパーリングで闘っているんだから、何もしていない子たちのパンチや蹴りを受けても平気だろ。少々はやらせておけ。それでも何度も仕掛けてくるようなら、僕は空手を習っているから、腹にパンチを返すよ、そういって、みぞおちを狙って正拳突きを入れろ」
と言っているのですが、まだ、そんな荒療治をした子は誰もいません。

いじめられている彼らは、間違いなく、誰よりも“辛抱する力”が培われており、将来、その力が彼ら自身を救うことになる、と確信しております。

卑劣ないじめをさせない!
北欧はすでに国政レベルで動いているのに、日本の現状は嘆かわしいものがあります。
国ができないなら、我々でやるしかない!
弱小ではありますが、誠真会館は、
「いじめに負けない、いじめをしない、強く優しい子」
を育て、その輪を広げようとしております。

これからも、ご支援ご協力をお願い致します!
押忍!


posted by 井上誠吾 at 09:46| 日記

2010年09月03日

友だちを守れなかったから死にます

今年の6月、川崎市の中学3年の男子生徒が、
「いじめられている友人を守れなかった」
と遺書を残して自殺しました。

小生、この新聞記事を見た時、
そうかな・・・「守れなかった」だけじゃなく、ほかに何か理由があるのではないだろうか、と疑問に思い、ずっと最近まで心の片隅に残っていたのですが・・・。

先週末の記事に──、
同級生4人が男子生徒の肩を殴ったり無理やりパンツを脱がせたり、「死ね」「きもい」などと言われ、自殺した生徒自身もいじめの対象になっていた、と認定した。さらに担任教諭が、4人がいじめているのを見たり、他の生徒から報告を受けていたのに、上司に報告せず「学校全体の問題として対処しなかった」と認めている。
いじめを行った男子生徒4人のうち、3人を書類送検。一人を非行事実で児童相談所に通告した。

「守れなかった」じゃなく、
どうやら、自殺した本人もいじめられていたようです。
それで、心の片隅に残っていた疑問が解けました。

小生は、空手を通して子供たちに、
「いじめられている友だちを助けるくらいになりなさい!」
と、常々言ってきました。
そのせいでしょう。先日、
「空手は何のために習っているんだ?」
と、質問すると、
「いじめられている友だちを助けるため」
と、何人かの子供たちが答えました。

これでは、
“友だちを守れなくて自殺した男子生徒”
と同じような状況に陥りかねません。
「自分が強くもないのに、いじめられている友だちを助ける必要なんかない!」
と語気を強めると、何人かの子供たちは「友だちを助ける」と言えば、先生が褒めてくれると思っていたのに、なんで怒っているんだろう、と思ったことでしょう。

小生、語気を和らげ、
「自分が強くなるんだよ。いじめられている友だちを助けたことで、逆に自分がいじめられるようになったとしても、辛抱して、耐えられる自分になるんだよ。それくらい強くなれ、と言ってるんだぞ」
と、言葉を補足しました。

「いじめられている友だちを助ける“くらい”」
「いじめられている友だちを助ける“ため”」
この“くらい”と“ため”では、随分と意味合いが違ってきます。

先日は時間がなく、途中で切り上げましたが、
今日の稽古では、その違いも含め、子供たちと”いじめ”について、向き合ってみたいと思っています。

さて、小生はこのブログで、
自殺した子供たちには“死者に鞭打つ”ような厳しい言葉を吐き続けてきました。
今回も同じです。
以下、自殺した川崎市の男子生徒・・・君に物申します。





「いじめられている友人を守れず」に自殺した君へ

天国にいる・・・、
否、地獄にいる君。
自殺をした人の魂は、“黒縄地獄”に落ちるという。
釈迦の宇宙観では「自殺した人の“命”は、この世では考えられない苦しみに堪えていかなければならない」らしい。
おそらく、君の“命”は、その地獄の中でもがき苦しんでいることだろう。
「友たちを守れなくて自殺したんじゃない」
「いじめから逃げたかったから自殺したんです」
と!

君が「守れなかった友だち」は、
君に、そんな遺書を残され、自殺されて、
これから、どんな思いで生きていくんだろう・・・。

君・・・、
君は、死ぬべきではなかった。
“死ぬほどの勇気”を、
“4人の悪ガキと闘う勇気”へと、
変えるべきだったと思うよ。
それも、一人じゃない。
いじめられていた友だちがいるじゃないか。
彼と一緒に闘うべきだったんだ。

今、気がついたかな・・・地獄の苦しみの中で。

可哀そうに・・・心底から気の毒に思うよ。
仕方ない・・・自分が選んだ道なんだから、逃れようのない苦しみに耐え続けるしかない。
千年経っても出られないという地獄の苦しみを経るしかない。

そして、気の遠くなるような永い年月を経て、
また、人間として生まれ変わってきたら、
今度こそ、どんなに辛くでも、逃げずに闘うことだ!
死ぬほどの勇気があれば、
その勇気を、生きる力に変えて、
人生を闘い抜くことができる筈だから!

合掌!

posted by 井上誠吾 at 11:48| 日記