2010年10月16日

許しあってるかい!

思えば、
「あいつだけは許せない!」
というセリフをいったい何回聞いたことでしょう。

映画や演劇で俳優が吐いたセリフではありません。
ごく普通に生きている人の、ごく普通の会話の中に出てくるセリフであります。
小生自身、58年間生きてきて、友人・知人・先輩・後輩・等々、いろんな人々から、この言葉を聞いた覚えがあります。
「あいつだけは許せない!」・・・と!

先日、友人と居酒屋で飲んでいた時でした。
「俺らぁよ、あいつだけはブッ殺しても気がすまねぇんだ!」
と、少し離れた席で酔客が叫んでいました。
40年配のサラリーマン風の男性です。
いったい誰をブッ殺したいほど許せないのか?

理不尽な命令をする上司なのか?
言うことを聞かない生意気な部下なのか?
それとも、自分を蹴落として出世した入社同期生なのか?

一緒に飲んでいる友人らしき男性も困惑気味に聞いていましたが・・・やがて、酔客は妙に穏やかになっていきました。
おそらく、飲んだ酒が“名薬”となり、不満を吐き出すことでスッキリしたのではないか、とその席に目をやると・・・、
どうやら、その友人が素晴らしかったようです。
温厚そうな眼差しで、何度も頷きながら、不満や愚痴を聞いてあげているではありませんか。
“名薬”は酒ではなく、友人の“聞き上手”だったようです。

世知辛い世の中であります。
「あいつだけは許せない!」と思う人物が一人や二人いてもおかしくはありません。
何を隠そう、小生も一人や二人はいます。
その逆に、小生自身が一人や二人の恨みを買っている可能性もあります。

否、小生などは我が強いゆえに一人・二人ではなく、何人いてもおかしくないのかもしれません。
思えば、58年の人生をふり返れば・・・人に迷惑をかけたり、不快に思わせたり、今日まで、なんど生き恥を晒してきたことか・・・ただただ反省あるのみです。

誰もが、人に恨まれて生きていたくないものです。
また、誰もが、人を恨んで生きていたくないものです。
確かに、今の世の中、腹の立つ“輩”は、数多くいますが、
なるべくなら、人を恨まず・恨まれず、人におもいやりをもって生きていきたいものです。

そういえば、あの“聞き上手”の友人、
褒めすぎかもしれませんが、なんとなく、慈悲深い風貌を備えていたような気がしてきました。

釈迦は「慈悲」を説きました。
「慈悲」とは──、
「生きとし生きるもの全てに対する無限の愛」です。

「許しあってるかい!」
どのような相手でも、穏やかに懐深く受け入れたいものです。
とは言いつつも・・・、
小生など、そう簡単に出来ないゆえに、武道を通して、生涯に渡っての修行が必要になってくるのであります。

押忍!


posted by 井上誠吾 at 23:39| 日記