2012年07月28日

有意義な一週間



ぼそり、とひとり言を漏らしたいところですが、
先週から今週にかけて報告すべき用件が数多くあります。
そこで、以下、ひとり言風に報告をさせていただきます。



先週の金曜(20日)、九州へ向かう飛行機の中。
幻想的で美しい光景が広がっていた。雲海である。夏の太陽に照らされた入道雲は、実に何とも、この世とは思えないような異空間の世界を作り出している。
飛行機の窓越しに手を伸ばせば、すくい取れるような距離を美しく輝きながら、ゆっくりと移動して行く様は、現実とは思えないほどファンタジックな光景だ。

なんだか、幸先が良さそうだな、そんな気分になる。
これから24日まで、九州で祭りの演武や昇級審査は勿論、
映画「リトルウィング〜3月の子供たち〜」(カラテキッズ改め)の打ち合わせでいろいろな人に会うのだが・・・すべて、うまく行きそうな予感。

長崎に着いた夕方、九州本部長の坂谷彦山先生と友人の松山賢二郎氏と会って食事をする。
松山氏は元脚本家だが、お父上が亡くなり、現在は実家・日本紙工印刷(株)を継ぐべく専務として社長の実姉を支え、長崎で奮闘している。
脚本家時代の彼を知っているが、素晴らしい才能を持っているがゆえに勿体無いが、長崎で大きく事業展開している会社なので、物書きの夢はあきらめざるを得ないようである。
そんな彼に彦山先生を紹介して、長崎での映画公開へ向けての打ち合わせをする。
あらかじめ、電話で話をしていたこともあるが、
松山氏は快く応じてくれ、商工会議所等々を通して、映画公開へ向けて動いてくれるという。
いい奴だなぁ、と感謝ッ、飲みにいこう!
2次会は、3年前に店の名前が気に入って、長崎に行くたびに立ち寄っている居酒屋「心意気」、3次会は昨年ふらりとホテル横の屋台に入って、店主やお客さんたちと盛り上がった屋台。
彦山先生、松山氏、遅くまで付き合わせて、申し訳ない!

翌日は伊良林校区祭りの演武。
長崎大水害で数多くの犠牲者を出し、今年は30年目。
九州各地では大水害が続いているだけに、30年という節目に、例年よりも熱気を感じる。
幼年部から一般部までの演武で、特に一般部の小畠さんは同校の教師でもあり、平野さんと共にバット折りで邪気を祓った。みんなの演武で大水害で亡くなった方々の鎮魂と会場に来られた方々に元気や勇気を届けられたことだろう!

その夕方は、懇親会。
今回は、様々な用事と重なり、参加者が少なかったが・・・、
彦山先生はじめ、桑岡隆太先生、町田勝先生、坂谷久之先生、そして坂谷朝男先生も駆けつけられ、保護者の方々とより深く話が出来て、良かったと思う。

続いて、桑岡先生から、いつものように2次会へと手厚い接待を受ける。
桑岡先生には映画制作にも協力を頂いているので、松山氏の話をすると、どうやら、日本紙工印刷(株)は仕事を通じて知っているとの事だった。さすがに桑岡先生は顔が広いな、と感じ入る。
席上、りょうまパパに入門を勧めたところ、決意された!
熱心な方なので、一般道場生としても保護者としてもムードメーカーとして盛り上げて頂けるだろう!
期待しています、りょうまパパ!
町田先生、久之先生とも話をしたが、二人が勤めているのは桑岡先生が経営する「信和(株)」で、どんなに仕事が忙しくても空手の指導に支障を来たさないように“桑岡社長”の気遣いで時間を作って頂いているようだ。
桑岡先生には、言葉がないほどに、ただひたすら感謝!
本当にありがとうございます!

翌日は、審査会。
人数は前日同様に用事が重なり、受ける道場生が少なかったが・・・、
審査の合間合間に“空手を習うことの意義”を語り、きっと少年部にも保護者の方々にも理解していただいたことと思う。

審査を終え、長崎駅で彦山先生に見送られる。
彦山先生に感謝しつつ、我が故郷・福岡へと向かう。

夕方、高校時代の友人たちと会食。
「俺のふるさとである宮若市で映画公開したい、協力してくれないか」と頼むと、みんな快く賛同してくれた。持つべきものは友。有り難い!

続いて、兄貴が2次会に友人たちを誘ってくれた。
兄夫婦は映画の製作にも協力してくれており、店に居合わせた知人の元教育委員長を紹介してくれたので、映画公開へ向けての協力を訴えた。

さて翌日は、兄貴の仲介で、
宮若市長と庁舎の市長室にて対面。
この映画「リトルウィング 〜3月の子供たち〜 」は、
今の日本人が忘れつつある、卑怯じゃない卑劣じゃない潔い生き方を描き、強さとは優しさとは何かを問いかける作品であり、自分の故郷である宮若市に応援して欲しいこと、
そして、映画の公開を通して、宮若市から震災被災地へ支援して欲しい、と真摯に訴えたところ、
「実行委員会的な部署を市に設置して、映画公開へ向けて動きます」
と約束をしてくれた。
有吉哲信市長、感謝であります!

その後、兄貴に元議長の市議会議員・市の幹部職員・町の商店主、等々を紹介され、それぞれの方々に映画公開への協力をお願いして廻った。

夜、兄夫婦と、子供たちや孫たちと食事に出かけると、その席でなんと市長の奥さんと出会う。
義姉と市長の奥さんは知人であるらしく、念を押しての映画公開への協力をお願いする。
たまたま義姉が予約した部屋から出たから会えたのであって、もし部屋の中に居たままだったら、会えなかった筈。昼に市長と会い、夜には市長の奥さんと会うとは、何がしかの縁を感じる。
兄曰く、市長の奥さんは様々なボランティア活動をしているので、強力な後押しになる、とのこと。
市長の奥様、この縁を機に、ご夫婦で映画公開へ向け、よろしくお願いいたします!

翌日は、北九州まで足を延ばし、病気で故郷の小倉に帰り、静養をしている共同テレビの元プロデューサーと会う。
何度も入退院を繰り返しておられ、数日前に退院されたばかりだというのに、小倉駅前のホテルに足を運んでくださった!
飛行機の時間もあるので、小一時間ばかり近況を話し合う。
新幹線で福岡空港へ・・・車窓から遠ざかっていく小倉を眺めながら、元気そうで良かった。病気に負けずに闘って欲しい、と願う。

羽田へ向かう飛行機の中。
来る時と同じように幻想的で美しい入道雲が広がっていた。
あの時、幸先が良さそうな気分になったが・・・事実、すべての事が最高の状態で進み、希望に満ち溢れている。
驕らずに頑張るぞ!

帰京し、ムード一転。
今度は少年部の合宿で河口湖へと出発!

毎年、天候に悩まされてきたが、今年は心配無用!
がしかし、空手の稽古を終え、湖畔の高台昇りの時間が近づくと雨。これじゃ中止かな。
いや、毎年毎年、決めたカリキュラムはこなしているので晴れる!・・と思っていると、見る見るうちに晴れてきた。
湖畔の高台昇りを決行!

ホテルへ戻り、入浴し、夕食は大広間。
食事後、何か“芸”を披露する子はいないか、と問うと一発芸やら、型やら、歌やらを披露。
急遽MCを担当してくれた加糖和徳先生のフォローがなければボロボロだったであろうが、これはこれで、みんな楽しそうに笑っていたので、GООD!
来年も和徳先生の名MCで恒例化したいな、と思う。
続いて、湖畔で花火大会を行って、就寝!

翌朝は、清清しい景色が広がる湖畔で基本稽古。
朝食後は、ホテルの支配人が誠真会館の子供たちのためにと畑を開墾し、作ってくれた豊作の野菜を収穫。
と行きたいところだが、ホテルとしては初の試みゆえに野菜は不作。それでも、せっかくのホテル側の好意を無にしないように小さなナス・人参・ダイコン・胡瓜だが、大切に収穫し、頂くことにした。

続いて、船津胎内樹型の洞窟見学をして、河口湖畔の土産物店で買い物。
そして、昼の弁当を湖畔の芝生広場で広げる。
昼食後はお遊び時間。各班ごとに分かれて、それぞれ池の鯉を見たり、泥警ゲームをしたり、楽しんでいた。
中でも、子供たちと一緒に泥警ゲームで子供のように走り回る加藤邦顕先生の無邪気な笑顔は素晴らしい!

このように盛り沢山で楽しんだため、何人もの怪我・腹痛・頭痛・車酔い、等々が出たが、いずれも軽く、一般道場生で外科医の長尾さんに来ていただいていたので、助かった。
長尾先生にはホームシックまで診て貰い、感謝であります!

合宿では、空手だけではなく、
農作業・自然見学・遊び等々、いろんなことを肌で感じて欲しいと願っている。
また、合宿中は班行動を徹底している。
そこには横の繋がりだけの学校にはない縦の繋がりがある。
高学年の子たちが低学年の子たちの面倒を見ることで、
高学年には班をまとめるという指導力や責任感がつき、
低学年には高学年の背中を見ることで、
大きくなったらどうあるべきかの学習となる。
つまり、互いに成長できる環境が合宿にはある。稽古だけではなく、その辺をも実感し、体得して欲しいと願っている。



さて、この一週間。
九州の様々な催事から河口湖合宿まで、実に忙しかったが、実に充実した日々を送らせてもらいました。
九州でお世話になった皆さん、
合宿でお世話になった皆さん、
本当にありがとうございました!

感謝の押忍!
ナガク、クドクなりましたが、最後まで読んで頂き、感謝!



posted by 井上誠吾 at 10:38| 日記