2013年02月28日

秋津道場オープンセレモニー!



24日の日曜日、
昨年・11月10日に開設した
秋津道場のオープンセレモニーを行いました。

清瀬道場に続いて、
加藤邦顕関東本部長率いる常設道場で、
道場責任者は木下康夫指導員が担当いたします。

本来なら、昨年内にセレモニーの開催をすべきでしたが、
昨年は、年末へ向けて大会や催事が重なったこともあり、
やむなく先延ばした末、この日の開催に至りました。

お忙しい中、会場に駆けつけて頂きましたご来賓の方々、
本当にありがとうございました!
深く感謝申し上げます!

 
それにしても、
加藤・木下両君は、
誠真会館の大会等の催事スタッフとして従事しながら、
常設道場の開設・運営にあたってきたのであり、
その働きぶりには頭が下がる思いです。

誠真会館の長として、
感謝と共に労をねぎらうばかりです。

以下、セレモニーの挨拶で、陳べさせて頂いたことと重複する部分もありますが・・・、
今の小生の正直な思い、を書かせていただきます。



加藤邦顕関東本部長の成長ぶりには、ある驚きをもって感動しております。
彼が10代の頃から知っていますが・・・、
当時の彼を評すると、
「昼行燈」
という感じでした。

内面の心優しさからか、何だかぼんやりとしておりました。

そんな彼が、指導者として、
この5年間で大きく変貌を遂げたのであります!

しかし、
ここに至るまで、
けっして、順風満帆で来たわけではありません。

小生から、厳しく苦言を呈されたこともありました。
彼自身、道場運営の辛さに遭遇したこともありました。
しかし、
反論することなく、
すべてを素直に受け入れて、
嘆くことなく、
焦ることなく、
必ず良くなると信じ、
艱難辛苦を乗り越えて、
今日の秋津道場の開設に至ったのであります。

「昼行燈」
と申しましたが、
「行燈」は、
持っていく場所によっては、明るい灯りを点します。
地域の中で、いじめ・不登校・非行などで悩んでおられる家族があれば、あたたかい灯りとなって点すに違いありません。

困っている人たちがいたら、
明るい希望の光をあてていくに違いありません!

坂本竜馬は「よばぁたれ・泣き虫」と呼ばれ、
織田信長は「うつけもの・愚か者」と呼ばれ、
エジソンは「問題児」と呼ばれておりました。

さて、
「昼行燈」は、
どれほど大化けして、大変貌を遂げてくれることか!

心から、楽しみにしております!

彼自身、セレモニーの挨拶で、
「未熟者ですが、地域社会に尽くし、誠真会館の発展に尽くし、全力で生きていきます!」
と申しておりました。
やがて、
間違いなく、
大輪の花を咲かせてくれる!
と確信と感動、をしておる次第であります!




当日、セレモニーに駆けつけて頂いた、
各空手団体の師範・先生方、
各企業・各商店会・日本青年会議所の方々、
そして、お手伝いをして頂いた秋津道場の保護者の皆さん、
本当にありがとうございました。

重ねて、深く、感謝を申し上げます!
押忍!

posted by 井上誠吾 at 14:23| 日記

2013年02月18日

続・オリンピックに希望を!



オリンピック競技から「レスリング除外」の報道が流れ、
様々な波紋が広がっています。

そこで、前回に続いて、
以下、ひとり言、を気ままに陳べさせて頂きます。




レスリング協会の役員だかのコメントに、
「レスリング協会は、五輪でメダルを量産するから莫大な強化費を受け取ってきた。もし五輪から外れると、大幅な活動縮小を余儀なくされることになる」
とあった。

このコメントをもっと詳細に俗っぽい言い方にすると、
「レスリングはオリンピックでメダルを沢山取ってきたから、国から莫大な助成金を貰ってきた。もしオリンピックから外されたら、お金が入ってこないから、大幅に大会の数も減るし、コーチの数も減るし、選手の数も減るし、組織も小さくなってしまう」
ということである。

つまり、国からの助成金が少なくなると、
現状維持が出来なくなる、と言っているのだ。

選手たちを率いる立場の人間が・・・実に情けない!

かつての女子サッカーは、
スポンサーもなく、パート・アルバイト・OLをしながら、
ただひたすらに、純粋に、サッカーボールを追い続けた結果、現在の「なでしこジャパン」という素晴らしい大輪の花を咲かせたのである。

その「なでしこジャパン」と同様の美しさと強さが、
ソチオリンピック出場を決めた女子アイスホッケーにある。
彼女たちもまた、かつての「なでしこジャパン」の選手たちと同じように、パート・アルバイト・OLをしながら、奮闘している。

その姿は、実に健気で美しく爽やかだ!

しかし・・・、
女子サッカーも、女子アイスホッケーも、
団体としては、まだ恵まれている。
さらに、
レスリングも然り、柔道も然りだ!
なぜなら、それらの団体は、みな公益財団法人だからだ。

団体の運営費・活動費・人件費等々、には国からの助成金が充てられている。
天下り役員に多額の金が使われており、その一例として、
遠征へ向かう飛行機などでは、競技で闘う選手がエコノミー クラスで、何もせず見学する役員がファーストクラスという、馬鹿馬鹿しいことをやっている。

ちなみに、空手はというと、
伝統派の全日本空手道連盟は、公益財団法人。
しかし、
フルコンタクト派の空手団体は、そうではない。

我々誠真会館はフルコンタクト派の空手団体で、
国からの助成金などは一切受け取ることなく運営している。

フルコンタクト派の各団体に共通していることがある。
各団体とも、自助努力を懸命に重ねながら、大会の数を増やし、指導員も増やし、選手の数も増やし、組織も大きくしようとしている。

正式な競技人口は把握していないが・・・、
フルコンタクト派の空手道場は、首都圏では各駅ごとに存在しているほど普及している。
日本国内においても、世界においても、町道場に通っている道場生の総数は、伝統派空手よりも圧倒的に多いのではないかと推察している。

繰り返すが、誠真会館はフルコンタクト派である。
国からの助成を受けていない者として、
「大幅な縮小を余儀なくされる」
と弱音を吐いたレスリング協会の役員に物申す。

国から助成金が出ないとレスリングができなくなるのか!
オリンピックがなくなるとレスリングの魅力もなくなるのか!
今、稽古に汗を流している少年・少女・青年・一般のレスリング選手たちの夢を削ぐようなことはするな!
役員ならば、自助努力を懸命に重ね、
各年代の選手たちが大きく羽ばたけるよう育てろ!
その上、彼らのオリンピックへの夢を繋いでやるべきだ!


ついでにIOCの役員たちにも物申す。

世界中の国々が、
否・・・人類が、利益至上主義に走る中、
オリンピックは原点回帰して、
「平和の祭典」へと立ち返るべきだ!
利益追求に溺れず、政治的圧力に揺さぶられず、スポーツマン精神に則り、公平さ、公正さ、そして正義を貫く聖典として、魑魅魍魎が跋扈する度に世界の力関係が流動する中、
不動の王者として、平和の祭典を訴え、実現していくべきだ!




というわけでして、またナガクなりました。
いつも、最後まで、お付き合い頂き、感謝であります。

小生も誠真会館の長として、
空手を通して、
”強く優しく潔く生きる力Wを
道場生の皆さん方に伝えていく覚悟をしております!

押忍!



posted by 井上誠吾 at 10:08| 日記

2013年02月15日

オリンピックに希望を!



深夜のニュース番組を見ていると、
「レスリングはまだ希望が残っている」
とIOCの会長が会見していました。

一昨日の@3日に、
「レスリングは除外する」
と報道されていたのが、一転して、どういうことだ?
と憤りを感じました。
以下、ひとり言です。




「レスリングは除外する」
との報道に憤りが込み上げたばかりなのに、
舌の根が乾かないうちに、撤回したというのか?
IOCの理事さんたちよ、
オリンピックを目指す選手たちを翻弄するなッ!

レスリングは長年、オリンピックの種目として定着してきた競技なのに、なんで除外するのか、理解できなかったが・・・さきほどのニュースでますます理解できなくなった。

どうも、きな臭いものを感じる。
競技人口が少ない、人気がない、テレビ放映で視聴者にルールが伝わらないとか、いろいろと指摘はされていたようだが・・・何らかの利権が絡んでいるのではないか、と疑心暗鬼になる。

どうやら、テコンドーは、韓国大統領の直談判で残留が決まったらしい。
そこにも、きな臭いものを感じるが・・・。

果たして、オリンピックは、それでいいのか!

ロサンゼルスオリンピック辺りから、商業化が進んでいるのは分かっているので、なにもアマチュア精神を優先しろとは今更言うつもりはないし、利益を上げるのは”悪Wとも言わないが、余りにもあざといし、えげつないだろう!

どうやら「レスリングはまだ希望がある」と言ったのは、
野球、ソフトボール、空手、ローラースケート、等々の8つの候補の中の一つとして、残っているだけのようである。
これまた、ほとほと翻弄させてくれる。

その中から2つとか3つとか複数ならまだしも、一つだけかい?
もし空手だけ、が選ばれたとしたら、喜ぶに喜べない!
他の競技団体も同じではないだろうか。
レススリングが外され、その代わりとして自分たちの競技だけが選ばれた、というやり方に心底から喜べるであろうか?

これと同じようなことが女子柔道の「オリンピック出場選手発表」の記者会見の会場で行われていなかっただろうか?
あの時、柔道連盟の理事や監督たちは、女子候補者たちを会場に呼んでおいて、出場決定者だけを記者たちに紹介する、というやり方に出て、選手たちの反発を買ったのではないだろうか?

IOCの理事たちよ、
そんな見世物的なショウビジネスに走るようなことはやめたほうがよい!
公平で、公正で、正義を保って、
すべての競技の選手たちに向き合うべきである!

ちなみにだが・・・、
8候補の競技の中から選ばれるとしたら、
レスリングであるべきだ!
オリンピックの歴史の中でレスリングは貢献してきたんだから、選ばれて当然である!
そもそも他の7候補の新参競技の中に、古株のレスリングを入れてしまう神経が理解できない。

今回の「レスリング除外騒動」が起こらなければ、
当然のこと、空手が選ばれて然るべき、と自負しているが・・・、
如何せん、IOCの不公平で不誠実なやり方を見ていると判官贔屓をせざるを得ない。
空手は武道だ。
己れの利を追い求めるのではなく、
「謙譲の美徳」
という精神がある。
おそらく、各空手団体の指導者たちも「レスリングを優先すべき」との思いではなかろうか。

願わくば、IOCさん。
レスリングは今までと同じように参加の継続!
そして、残る7候補の中から、一つを選んでほしい。

願いを込めて、押忍!





posted by 井上誠吾 at 01:48| 日記

2013年02月07日

爺ちゃん婆ちゃん世代の教え




日本人には、
爺ちゃん婆ちゃん世代”から、教わったことが、
精神的な原風景としてある。
と小生は信じています。

それは、ごくごくシンプルなW教え”であり、
その教え”こそが、武道やスポーツの世界の指導者たちに欠けている哲学”である、
と思う、この頃であります。

爺ちゃん婆ちゃん世代の教え”へ行く前に、
以下、小生のひとり言、を前フリさせていただきます。



武道やスポーツは、
強ければ良いのか?
上手ければ良いのか?

才能やセンスだけ、で選手として活躍し、
その功績のみ、で指導者になった者は数多くいる。

武道やスポーツの世界に限らず、
政界・財界・官界・法曹界・芸能界、等々、
あらゆる業界においても同様のことがいえる。

人間的魅力とか、指導力とか、行動力、統率力、人徳、等々、総合的な評価ではなく、
個別的に、優秀とか、博識とか、容姿端麗とか、単一の評価だけで、業界の指導者となり、偉そうにふんぞり返っている輩は掃いて捨てるほどいる。

小賢しい処世術を身につけ、
各業界の指導者として君臨する奴らは、
強い者には好意の目を向けるが、
弱い者には見向きもせず、忌嫌の目さえもくれない。

己れの利益や都合だけを優先し、
バレなければ、何をやっても構わない。
犯罪寸前の不正を平気でやり、のうのうと生きている。

そのくせ、バレて発覚した際のお詫び報道”では、
醜いほど小物で、潔さの欠けらもなく、自分があれほど忌み嫌っていた弱者の立場へと変貌する。

本当に、バレなければ、何をやっても良いのか?

彼らにも、精神的な原風景、がある筈である。
両親から、祖父母から、
そして、先生から、先輩から、
あるいは、近所のおじさん、おばさんから、
いつしか受けた有形無形の哲学”が心の奥底にある筈だ。

心が弱いと、それに気づかない。

俺は強いんだ、
あるいは、俺は立派なんだ、
と思っている輩に限って、心が弱い!

心が弱いから、
悪い事とは知りつつも、
組織を守るためとか、部下を守るためとか、家族を守るためとか、あるいは生きるためとか、大義名分のもと悪い事をやってしまう。
しかし、何のことはない。
本当は、自分の立場を守りたい、だけである。


最近の体罰問題の病巣が、そこにある!


部活の教師にしろ、柔道の監督にしろ、
その上の教育委員会の委員にしろ、柔道連盟の役員にしろ、
みんな、心が弱い!

心が弱い、とは、
正しいことから目を背ける、ということ!

心が弱いから、
自分の立場とか、利益とかを優先し、
正しいことが見えずに、あのような事態にまで問題を大きくしてしまう。

心が強かったら、
正しいことを上部に主張すればいい!、
もし、それが通用しないほど、上部が腐敗していたら、
そんな汚れた場所で生きようとせず、飛び出したらいい!

飛び出す、という勇気があれば、
汚れのない、澄み切った場所を探し出すことができる!
万が一、探し出すことができなかった時は、
自分で作り出せばいいんだ!




と・・・、そんな風に思っております。

タイトルの爺ちゃん婆ちゃん世代の教え”に戻ります。
冒頭で、哲学、と表現しましたが、けっして、難しいことではありません。

昔から、爺ちゃん婆ちゃん世代が、自分の子供や近所の子供たちに言ってきたことです。

「人に迷惑をかけるな。
 自分勝手にならず、嘘をついたり、卑怯なことはするな。
 欲を張らず、困っている人がいたら、助けなさい」

概ね、こういうことを口癖のように言っていました。

しかし、大人になると、社会の汚れに染まり、
いつしか、素朴で純粋なことを見失ってしまうものです。
そんな時にこそ、勇気を出して、
子供のころの原点に帰るべきだと思っています!

自分の良心に従い、
爺ちゃん婆ちゃん世代の教え”
に導かれると・・・、
どんなにか、心が平安なことか!



日本の精神が蘇ることを願って、
祈念の押忍!






posted by 井上誠吾 at 13:10| 日記

2013年02月01日

体罰に走る指導者は失格!



前々回に「体罰について」を予告してから、
なんと、次々と各学校・各団体の体罰が発覚し、
今度は、女子柔道の監督までもが暴力行為に及んだとのことで辞意を表明しました。

そこで、急遽、予告した「体罰について」を変更して、
「体罰に走る指導者は失格!」
のタイトルで、以下、ひとり言を陳べていきます。




先ず、柔道は武道である。
柔道だけではない、空手も然りだ。
剣道、弓道、合気道、も然り、
すべて武道である。

武道の指導者は、
指導者、というだけで、
他のスポーツと違った意味で畏敬の念を抱かれている。

体罰に走る必要など、まったくない!
教え子を正面から睨み、
強く叱責するだけで充分である!

体罰に走って、分からせようとするのは、
その指導者に、指導する力量がない証、である!

純粋な心で、
一点の曇りもなく、
熱すぎるほどの情熱で、
教え子と真摯に向き合うことが大切である。
そして、
最後まで、
教え子の成長をあきらめることなく接していけば、
必ず、理解してくれる筈である!

そういう努力もせず、
体罰という暴力に走ってしまうのは、
指導者として、失格の上、
人間として、あまりにも稚拙で愚かすぎる!

あらためて、”すべての武道の指導者“、に言いたい!
仁とは、おもいやり、
義とは、すじみち、
礼とは、うやまい、
この「仁・義・礼」の徳目が大切なんだ!

教え子に対して、
義、という「すじみち」を正しながら、
仁、という「おもいやり」と、
礼、という「うやまい」をもって、
道を指し示し、導いていくのが指導者の務めである!

教え子が強くなって、
優勝したり、金メダルを取ることがすべてなのか?
断じて、そうではない!
強さばかりを追い求めていけば、修羅に行きつく!

若き日の宮本武蔵を見るがいい。
究極の強さを求め、
強いことへの欲望を剥き出しにして、
数多くの剣豪たちと血で血を洗う戦いを続けたものの、
その”修羅の道“の先には・・・、
「真の強さとは、何か?」
という更なる迷いと、
もがき苦しむ煩悩の世界だけが横たわっていた。

武蔵は煩悩という己れ自身との戦いを経て・・・、
晩年に至り、やっと、
「真の強さとは・・・無心の心」
強いとか、弱いとか、勝敗や欲望にとらわれない無の心、
禅(仏)の境地に辿り着く!



と思いつくままに、ひとり言、を書いてみました。
またナガクなりそうですが・・・、
もう少し、お付き合いを願います!

小生思うに・・・、
生徒を自殺に追い込んだ大阪の体罰教師にしろ、
女子選手への暴力行為が判明した柔道監督にしろ、
この二人に共通していることがあります。
それは、
「教え子を強くして優勝へと導き、自分の存在価値を高める」
という欲望です。、

教え子に対して、
「仁・義・礼」をもって接していれば、
今日の結果を招くことはなかったと思っております。

小生は、大会の挨拶の際に、
「優勝することがすべてではない」
とよく口にします。
同じように、オリンピックに対しても、
「メダルを取ることがすべてではない」
大切なのは、
「優勝や金メダルに挑戦していく姿だ」
と思っています。

オリンピックの創立者・クーベルタンは言いました。
「オリンピックは勝つことではなく、参加することに意義がある」
武道の真髄も然り。
「武とは、争うことでなく、戈(ほこ・争い)を止めることにある」

勝つことがすべてではないのです。
血まなこになって勝つことのみに執着する欲望は、
武道の真髄ではないのです!

日本がオリンピックを招致する前に、
日本人が、日本人としての矜持を示すべき時代です。
その矜持とは、日本人が忘れ去った大切なもの、武道です!

武道を通して、
人をうやまい、人をおもいやり、すじみちを通す、
強く、優しい日本人であるべきです!

そこに行きついた日本人なら、
もはや、体罰など不必要、となる筈です!




さて、
今回のようなテーマでは書きたいことが山ほどありますので、
いずれまた書かせて貰います。

最後まで、読んでいただき、ありがとうございます。
感謝の押忍!


posted by 井上誠吾 at 01:25| 日記