2013年11月30日

仁・おもいやりを忘れた日本人




誠真会館の道場理念に「仁」があります。

この「仁・おもいやり」の書道額が本部道場に先月まで掲げられていました。
10月までは「仁」を掲げ、11月からは「義」と続き、そして12月からは「礼」を、さらに順を追って「忠」「孝」「勇」「信」と掲げてまいります。
坂谷彦山九州本部長揮毫による既存の「初心」の文字と共に道場内でW凛とした空気Wを醸し出しています。
この「仁」〜「信」までの書を揮毫していただいたのは、
小生の故郷・福岡県宮若市の書道家であり、
手打ちうどん家 「余白」の女将さんでもある、
榎本芳江さんであります。

「余白」のうどん家は小生の実家の近くにあり、
テレビ朝日の「人生の楽園」で放送され、全国からうどんを食べにくるファンがいるという名物女将さんです。
小生も帰郷するたびに兄夫婦と共に伺っておりますが、
うどんといなり寿司が実に美味い!

店内には、女将さんの見事な書が展示されており、小生が感銘をしたことから──、
なんと「仁・おもいやり」「義・すじ道」「礼・人への敬い」「忠・人へのまごころ」「孝・人への善行」「勇・挫けないこころ」「信・欺かない生きかた」の文字を書いて送ってくださったというわけであります。
聞き及ぶところ、一度書いたものを気に入らない、と何回か書き直されてから、送っていただいたとのことです。 

心からの感謝、それに尽きます!

「おもてなし」が今年の流行語大賞の候補になっているようですが・・・、
女将さんの場合は「おもてなし」は当然のことであり、それ以上に、人が喜ぶことを思わずしてしまう、というもっと奥深い、ある種の「おもいやり」の精神にあふれているように感じております。

女将さんはこのブログもご覧になっているようなので、一言。
「女将さんのWおもいやりWをしっかりと受け止めました!
本当にありがとうございます!
12月に誠真会館九州大会がありますので、また美味しいうどんといなり寿司を食べさせて下さい!」

さて、それでは今回は、
「おもいやり」について、ひとり言、を思いつくままに呟かせて頂きます。




「仁」とは「おもいやり」と小生は捉えている。
日本人が世界に誇るべく美徳である!

残念ながら、フィリピンの台風災害では、
食料や物資が略奪されたり、我先に奪いあったり、殺人やレイプまでが横行しているらしい。

東日本大震災では、そんなことは一切なかった。
被災地では、
「互いに助け合う」
というWおもいやりWにあふれていた。

事実、福島県門馬道場では、門馬師範や先生方が、
道場の割れたガラス等々を片付け、いち早く近隣の被災した方々に宿泊場所として提供されている。
門馬師範自身の自宅が半壊している、にも拘らずである。

大震災で集まった義援金もまたWおもいやりWであった。
しかし、それを集めた国や日本赤十字の体たらくはWおもいやりWの欠片もないものだった。

そもそも国はWおもいやりWの使い方が間違っている。
例を挙げれば、米軍への「おもいやり予算」だ。
あの手の報道を耳にするたびに、あれは米軍へのWおもいやりWではなく、
WおもねりWになっているな、といつも毒づきたくなる。

思えば、子供の頃・・・つまり昭和30年代。
あの頃はまだ社会全体がWおもいやりWにあふれていたように思う。
どんなに貧しくても、心にゆとりがあって、自分さえ良ければいい、といった人間は少なかったように思う。

20才の頃、松本清張の小説「鬼畜」を読んだ。
当時は、親が子供を殺す、という余りにもおぞましい内容に衝撃を受け、言葉を失ってしまった。
しかし、今や親が子供を、子供が親を、殺す事件が頻繁に起こっている。
またか・・・と眉をしかめる程度の衝撃でしかなく、肉親までもが「おもいやり」を失いつつあるのが、悲しい現実である。

社会全体からWおもいやりWが欠落しつつある。
大震災や災害などの災いがなければWおもいやりWは生まれないのか・・・。
そうは思いたくない。
日本人にはWおもいやりWというあたたかい血が流れている筈である。

せめて、
誠真会館の道場からWおもいやりWをあふれさせたい。
そのためには、
「先ず隗より始めよ」
である。
小生自身が稽古に励み、道場生のためにWおもいやりWを込めた指導をする。
そして、そのWおもいやりWを受けた道場生が、家庭や隣近所や地域社会へとWおもいやりWを広げていき、善の連鎖となって社会全体に広がっていく。

そう強く願っている!




「おもいやり」から、このように呟きたくなりました。
誠真会館の道場生から、
WおもいやりWがあふれていくように、
今日も道場の稽古に向かいます。
押忍!




posted by 井上誠吾 at 11:36| 日記