2014年01月25日

個人的な見解のオハナシ




スマホからシニア用携帯に機種変更したものの、
これさえも使いこなせないのか・・・!?
と、自分に呆れ返っております。

何人かの方から電話やメールを頂いていたのに、まったく気が付かないでいました。
スマホからシニア携帯まで、重ね重ねご迷惑をおかけして申し訳ありません。
この場をお借りして、電話やメールが繋がらない、というお方には深くお詫び申し上げます!




都心を歩いている際───、
丁度、通りかかりにW犬がお父さんWの携帯ショップがあったので、女性店員さんに見てもらうと、
「故障している可能性があります」
「おいッ、買ったばかりなのに故障はないよ」
とツッコミたくなると、
「もしくは、登録しているものを一度すべて消して、設定をやり直す必要があるのかも知れません」
そんなニュアンスの説明をして店の奥へと入っていった。

こっちは時間がないんだから、早くしてほしいよなぁ・・・。
やがて、インカムで誰かと何やら話をしながら出てきたが、
「もう少々お待ち下さい」
と今度はW犬のお父さんWよろしくウロウロしている。

続いて、カウンター前の電話を取ると、スッと座り込んで何やら小声で話を始める。
相手はカスタマーセンターみたいな所なのか、どこなのか? 
誰と話しているかなど知る由もないが、こちらからは女性店員さんの頭部しか見えない。

それにしても、いつまでWお座りWしているんだい?
まるで、W犬のお父さんWからペロペロと顔をなめられているかのような姿勢のままで話しを続けている。
時間がないというのに、早くしてくれ!

小生の心の叫びに、女性店員さんがスッと立ち上がると、
なんと、W犬のお父さんWになっていた!

そんなCMもありかな、なんて想像していると・・・。

やがて、W犬のお父さんWが、
否、W女性店員さんWがスッと立ち上がり、
「お客様、やはり故障か、設定をやり直すか、ですね」
「おい、さんざん待たせておいて、結局はソコかよッ」

普通なら、そんなツッコミをしたくなる場面だが、
「そうですか、それじゃ今日は時間がないので、この携帯を買ったショップに持って行って見てもらいます」
と女性店員さんに微笑みかけ、気分よくショップを出た。

あれほど待たされて、なぜ気分が良いのか?
実は、その女性店員さんは、
W素朴で田舎者っぽい可愛い女性Wだったのである!
おそらく新人であろう。
仕事慣れしていないから、あっちへ行ったりこっちへ行ったりしては、インカムや電話で専門的な指示を受けながら、小生みたいな初老客のとんちんかんな質問に誠実に応えようとしていたのではないか、と推測している。



そんなこんなで、
今日か明日にでも、機種変更した携帯ショップで、もう一度、何が原因なのか聞きに行きたいと思います。

なんだ、今回のブログは、
「素朴で田舎者っぽい可愛い女性なら、許す」
という話なのか?
と問われる御仁もおられるかと思いますが・・・、
その通りです。

たとえ今は仕事ができなくても、
W素朴で田舎者っぽい可愛い女性Wが一生懸命に働いていると、
「やがて君は、きっとW職場の華Wになる」
と応援したくなるという、
ごくごく個人的な見解のオハナシであります。

お後がよろしいようで!
失礼しました!






posted by 井上誠吾 at 11:26| 日記

2014年01月18日

かつて集団就職列車が走っていた




かつて「集団就職列車」というものがありました。
中学を卒業したばかりの子供たちが、
「田舎から都会へと集団で列車に乗って就職していく」
というものです。

以下、当時を偲んで、
兄・禮一郎と兄の友人・篠原誠一さんの話を小生自身の思いと郷愁を交えながら、書き進めたいと思います。


今から、50数年前。
小生が小学5年生になる年の春休み。
我が家でも、中学を卒業したばかりの兄が博多駅から、集団就職列車に乗って、東京へと旅立って行った。
新幹線も開通しておらず、東京オリンピックも開催されていない頃の話。

今でも、はっきりと覚えている。
博多駅のホームは、列車に乗り込む中学を卒業したばかりの少年・少女たち、それを見送る家族や親戚たちで祭りのようにごった返していた。
その喧騒を掻き消すように、発車合図の汽笛がポーッと悲しく鳴り響いた。
電気でもなく、ディーゼルでもなく、蒸気機関車の汽笛だ。
ゴトンと列車が動き出した。
すると、それまで涙目で兄を見つめていた母が、
「禮一郎ッ、頑張りんしゃいよォ!」
と突然、狂ったかのように列車を追って走った。
同時にホームにいた大勢の人々が列車の動きに合わせて、どよめくように移動しながら、少年・少女たちの名前を絶叫していた。
それは、悲鳴に近い絶叫、だった。
抗うことのできないW貧困という運命Wによって我が子との間を切り裂かれる異常なまでのW悲しい叫びWだった。
当然である。
己れが貧しいゆえに、中学を卒業したばかりのまだ幼い子供を大都会へと働きに出さざるを得ないのである。
理由はどうあれ、それはW我が子を突き放す鬼畜Wという感覚に近かったのではなかろうか・・・。
遠ざかる兄を見送り、小学5年生の小生も泣いていた。
とめどなく涙があふれ、なんとも得体のしれない、生まれて初めて味わう深い悲しみに襲われていた。
それは・・・、
もう永遠に会えないのかもしれない、との不安。
そして、大都会へと兄を働きに出さざるを得ないW我が家の貧しさWへの怒りと悲しさ。
それらが交錯したW異様な体験Wであった。



集団就職列車は一昼夜かけて大都会へと向かう。
博多から向かっていけば、途中、関西のコンビナートの夜景が見えてくるらしい。
石炭産業が衰退した筑豊の寂れた町で育った少年にとって、巨大なコンビナートの夜景は大都会の活気やエネルギーを感じ取るに充分な迫力であったろう。
「これが都会か・・・」
田舎者の少年は、自分がどれだけ小さく思え、同時に迫りくる大都会での生活の不安を抱えたことか・・・。

当時、W金の卵Wと呼ばれた少年・少女たちは、それぞれ大阪・名古屋・東京の大都市の駅で下車していく。
駅で待っていたのは自分の名前を書かれたプラカード。
就職先の担当者が到着したW金の卵Wたちの名前を書いたプラカードを持って迎えに来ていたのである。
大都会の駅で自分の名前が書かれたプラカードを見た田舎者の少年は物怖じしてしまったのか、足がすくんだ。
名乗り出る勇気もなく、柱の陰に身をひそめ、しばらくは出ていけなかった、という話もある。


就職先での仕事は過酷を極めたものであったろう。
W金の卵Wのほとんどが昼間は働いて、夜は定時制高校へ通う、という苦学の道を選んでいた。
親元から離れ、
遠い故郷を思い、
なんど涙したことであったろうか・・・!

あの時代、毎年、80万人近い15歳のW金の卵Wたちが大都市へと足を踏み入れていた。
W金の卵WとはW低賃金の働き手Wという別称である。
しかし、W金の卵Wたちは、皆それぞれが、
今に見ていろ、立派になってやる!
と歯を食いしばって、故郷につながっている大都会の空を眺めては、誓いを新たにしたことであろう。



50数年後・・・。
そんな経験をしてきた二人が集団就職の話を小生の前でしている。
現在、二人とも中小企業の社長として会社経営をしているが・・・、
15才頃の二人に、今の姿を想像できたであろうか?

恥も外聞もなく、はなったれ小僧で、世間知らずで、田舎者だった頃の話をしている。
けっして、苦労話とか自慢話ではない。
自分が体験したW丁稚奉公W話をしているだけである。
大都会に負けそうになりながらも、筑豊という故郷を原点にして、自分なりに精いっぱい働いてきた話をしているだけなのである。
親たちが止むに止まれぬ事情でW口減らしWをしたことを胸の奥底に封印して・・・。
恨むことなく、憎むことなく、怒ることなく。
二人とも、実にいい顔をしている。

この二人の世代で、日本のW丁稚奉公W時代は終わった。

そんなふうに、あの時代を振り返りつつ、敬愛するW先輩Wたちを見つめながら、美酒に酔っていると・・・。
思わず、涙が込み上げてきた。
最近、どうも、涙もろくなってきて困る。
W先輩Wたちは小生を喜ばせようとしてか、ヘタな漫才よろしく懐かしいW筑豊話Wで盛り上げてくれている。
おいおい、どこまで泣かせてくれるんだ。




半世紀以上前の日本に、
集団就職という時代がありました。
今の若者たちに、
「中学を卒業したばかりのW金の卵WたちのW奉公Wが、日本経済発展に大きく貢献していた」
という事実は知っていてほしい、そう思います。

またナガクなりましたが、
最後まで読んでいただき、感謝の押忍!








posted by 井上誠吾 at 10:34| 日記

2014年01月11日

スマホは賢いけど、使い手が賢くない?!




突然ですが、
小生、スマートホンに変えてから約一年が経ちます。
実は、この一年近く、どれほど、このWスマホWとやらに悩みに悩まされてきたことか・・・。

「スマート(賢い)」と言うけれど、
こいつは本当に「スマート(賢い)」なのか?
それとも使いこなせない小生がスマートではないのか?
おそらく、後者でありましょう。
小生の周辺でも多くの人たちが使いこなしているのですから、こんなに便利な機械はないのでしょう。

しかし、小生にとってはこんなに不便なものはありません。

先ず、閉口させられたのは、
「何度か電話をかけましたけど、通じませんでした」
との各団体の師範や先生方からの報告でした。
どうやら、電源が入っていなかったようです。

電源など切った覚えがないのに、勝手に切れていたのです。
師範や先生方には、深くお詫びをしましたが・・・、
お忙しい中、お手数にも何度もお電話を頂戴し、その上にご心配までおかけして、今でも大変申し訳なく思っております。

それだけではなく、
さらに使いこなせない問題が続出しました。

携帯電話なら、マナーモード時の着信点滅があるのに、スマホはマナーモード時に電話が掛かってきても分からない。
同様にメールの着信もスマホを開かない限り分からない。
つまり、先方への返信の電話やメールが遅れてしまうという事です。

まだあります。
勝手に見知らぬ人に電話をしていたとか、
寝ていて、勝手に友人に電話をしていたとか、
電話中なのに勝手に電源が切れるとか、
メールを打つ際、文字入力に失敗して時間がかかるとか、
時間をかけないためにメール用タッチペンを千数百円で買ったけど、なんと百円ショップで売っていたとか、
せっかく道場生のF森さんがフェイスブックを設定してくれたのに、使いこなせずに、ログインできなくなったりとか、
もう散々な目に遭いました。

すべては、小生が何がしかの画面を触って、そうしてしまっているのでしょう。
要は、小生が賢くない、という事なのです。

賢くないから、電話とメールしか使いこなせない。
それにも関わらず、基本料金だけは高く支払っている、という無駄遣いをしているのであります。

そこで、昨日、スマホを解約し、
シニア向け携帯電話に機種変更をしました!

変更してから、まだ24時間未満しか経っていませんが、
文字もデッカク、メールボタンも凹凸があって使いやすい。
なんだか、久々に古女房の良さを実感したかのような気分に浸っております。

ともあれ、
これで、電話をかけてこられた方々に迷惑をかけるようなことはないかと思います。
ほら、今も、
「電話が入ったよ」
と古女房がピカピカと点滅しております。

そのようなわけでして、
フェイスブックで数ヶ月でしたが、交流をしていただいた方々、
残念ながら、お別れとなります。
しかし、電話かメールをいただければ、間違いなく返信ができますので、よろしくお願い致します!






posted by 井上誠吾 at 12:22| 日記

2014年01月01日

元旦に想う



新年明けましておめでとうございます!
本年もよろしくお願い申し上げす!

以下、お屠蘇のほろ酔い気分で、ひとり言です。




毎年のごとく、
今年こそは、更なる飛躍を!

そして、
またその翌年も、
今年こそは、更なる飛躍を!

そうやって・・・、
年を重ねてきて、
今年で、齢62となる。

62才。
ずっと、特別な年齢だった。

この年齢に近づくたびに、
意識せざるを得ないことがあった。

まだまだ、ずっと先のことだと思っていたが・・・、
光陰矢のごとし、
あっと言う間にこの年を迎えてしまった。

62才は・・・、
親父が、この世を去った年齢である。

脳溢血だった。
遣り残したことが沢山あった筈・・・。
親父は、さぞかし、無念だったであろう。
しかし、
遣り残したことは、
兄貴が受け継ぎ、見事なまでに磐石にした。
きっと、今は、草葉の陰で喜んでいるに違いない。

さて・・・、
62才の今年。
ついに、親父が逝った年齢を迎えた今。 
自分はどう生きる!

人生は、
自分の意思とは裏腹に何か大きな力に支配されている。
栄枯盛衰、毀誉褒貶。
まさに、禍福は糾える縄の如し、である。

それならば・・・、
淡々と、
一喜一憂せず、
善きことを思い、
善きことを行なっていこう。

その道しるべが、
仁・義・礼・忠・孝・勇・信、
強く、優しく、潔く。
そこにある!

奢ることもなく、怒ることもなく、威張ることもなく。

未熟でもいい
不完全でもいい、
そこに向かって、練磨していく事こそ、が尊いのである!




元旦の今日、ぼんやりとそんなことを想っています。

誠真会館の皆さん、
そして、このブログをご覧の皆さん、
新年あけましておめでとうございます。
皆さんにとって、
良い年でありますようお祈り申し上げます!
押忍!



posted by 井上誠吾 at 16:39| 日記