2014年01月18日

かつて集団就職列車が走っていた




かつて「集団就職列車」というものがありました。
中学を卒業したばかりの子供たちが、
「田舎から都会へと集団で列車に乗って就職していく」
というものです。

以下、当時を偲んで、
兄・禮一郎と兄の友人・篠原誠一さんの話を小生自身の思いと郷愁を交えながら、書き進めたいと思います。


今から、50数年前。
小生が小学5年生になる年の春休み。
我が家でも、中学を卒業したばかりの兄が博多駅から、集団就職列車に乗って、東京へと旅立って行った。
新幹線も開通しておらず、東京オリンピックも開催されていない頃の話。

今でも、はっきりと覚えている。
博多駅のホームは、列車に乗り込む中学を卒業したばかりの少年・少女たち、それを見送る家族や親戚たちで祭りのようにごった返していた。
その喧騒を掻き消すように、発車合図の汽笛がポーッと悲しく鳴り響いた。
電気でもなく、ディーゼルでもなく、蒸気機関車の汽笛だ。
ゴトンと列車が動き出した。
すると、それまで涙目で兄を見つめていた母が、
「禮一郎ッ、頑張りんしゃいよォ!」
と突然、狂ったかのように列車を追って走った。
同時にホームにいた大勢の人々が列車の動きに合わせて、どよめくように移動しながら、少年・少女たちの名前を絶叫していた。
それは、悲鳴に近い絶叫、だった。
抗うことのできないW貧困という運命Wによって我が子との間を切り裂かれる異常なまでのW悲しい叫びWだった。
当然である。
己れが貧しいゆえに、中学を卒業したばかりのまだ幼い子供を大都会へと働きに出さざるを得ないのである。
理由はどうあれ、それはW我が子を突き放す鬼畜Wという感覚に近かったのではなかろうか・・・。
遠ざかる兄を見送り、小学5年生の小生も泣いていた。
とめどなく涙があふれ、なんとも得体のしれない、生まれて初めて味わう深い悲しみに襲われていた。
それは・・・、
もう永遠に会えないのかもしれない、との不安。
そして、大都会へと兄を働きに出さざるを得ないW我が家の貧しさWへの怒りと悲しさ。
それらが交錯したW異様な体験Wであった。



集団就職列車は一昼夜かけて大都会へと向かう。
博多から向かっていけば、途中、関西のコンビナートの夜景が見えてくるらしい。
石炭産業が衰退した筑豊の寂れた町で育った少年にとって、巨大なコンビナートの夜景は大都会の活気やエネルギーを感じ取るに充分な迫力であったろう。
「これが都会か・・・」
田舎者の少年は、自分がどれだけ小さく思え、同時に迫りくる大都会での生活の不安を抱えたことか・・・。

当時、W金の卵Wと呼ばれた少年・少女たちは、それぞれ大阪・名古屋・東京の大都市の駅で下車していく。
駅で待っていたのは自分の名前を書かれたプラカード。
就職先の担当者が到着したW金の卵Wたちの名前を書いたプラカードを持って迎えに来ていたのである。
大都会の駅で自分の名前が書かれたプラカードを見た田舎者の少年は物怖じしてしまったのか、足がすくんだ。
名乗り出る勇気もなく、柱の陰に身をひそめ、しばらくは出ていけなかった、という話もある。


就職先での仕事は過酷を極めたものであったろう。
W金の卵Wのほとんどが昼間は働いて、夜は定時制高校へ通う、という苦学の道を選んでいた。
親元から離れ、
遠い故郷を思い、
なんど涙したことであったろうか・・・!

あの時代、毎年、80万人近い15歳のW金の卵Wたちが大都市へと足を踏み入れていた。
W金の卵WとはW低賃金の働き手Wという別称である。
しかし、W金の卵Wたちは、皆それぞれが、
今に見ていろ、立派になってやる!
と歯を食いしばって、故郷につながっている大都会の空を眺めては、誓いを新たにしたことであろう。



50数年後・・・。
そんな経験をしてきた二人が集団就職の話を小生の前でしている。
現在、二人とも中小企業の社長として会社経営をしているが・・・、
15才頃の二人に、今の姿を想像できたであろうか?

恥も外聞もなく、はなったれ小僧で、世間知らずで、田舎者だった頃の話をしている。
けっして、苦労話とか自慢話ではない。
自分が体験したW丁稚奉公W話をしているだけである。
大都会に負けそうになりながらも、筑豊という故郷を原点にして、自分なりに精いっぱい働いてきた話をしているだけなのである。
親たちが止むに止まれぬ事情でW口減らしWをしたことを胸の奥底に封印して・・・。
恨むことなく、憎むことなく、怒ることなく。
二人とも、実にいい顔をしている。

この二人の世代で、日本のW丁稚奉公W時代は終わった。

そんなふうに、あの時代を振り返りつつ、敬愛するW先輩Wたちを見つめながら、美酒に酔っていると・・・。
思わず、涙が込み上げてきた。
最近、どうも、涙もろくなってきて困る。
W先輩Wたちは小生を喜ばせようとしてか、ヘタな漫才よろしく懐かしいW筑豊話Wで盛り上げてくれている。
おいおい、どこまで泣かせてくれるんだ。




半世紀以上前の日本に、
集団就職という時代がありました。
今の若者たちに、
「中学を卒業したばかりのW金の卵WたちのW奉公Wが、日本経済発展に大きく貢献していた」
という事実は知っていてほしい、そう思います。

またナガクなりましたが、
最後まで読んでいただき、感謝の押忍!








posted by 井上誠吾 at 10:34| 日記