2014年12月31日

一年をふりかえる



このところ、肝臓を鍛える日々が続き、ブログの更新が遅れてしまった。
何人かの方々から、ご心配の声を頂き、恐縮の限りである。

さて、今年も本日が最後の日。
ふりかえれば、この1年、様々な出来事があった。
何度、追憶の日々を送ったことか・・・。



先ずは・・・母の死。
覚悟はしていたものの、いざとなると、やはり、辛いものであった。

炭鉱の閉山で、貧困にあえぐ筑豊の地で、
気丈な母は、W遊び人W傾向の強い父を支えながら、
懸命になって我々三兄弟を育ててくれた。

それにしても、母の躾は厳しかった。
しかし・・・。
あの躾があったからこそ、今のW自分たちWがある。
俺たちW三兄弟Wは、そう確信している!

葬儀には、孫や、ひ孫が、沢山集まってくれた。
みんな、母の遺伝子を引き継いで生きているのである。
感謝・・・!
厳しさだけじゃない、
母として、大きくも深いその愛情に、感謝、である。
あとがとう、おふくろ・・・!

おやじとは、もう、あの世で再会した筈・・・。
きっと、おやじも言っただろう。
ありがとう・・・と。

あの世でも、おやじはW遊び人Wのままかな?
否、きっと、反省している、と思う。
死ぬ前の数年間、ひたすら頑張って生きたように、
あの世でも、頑張り続けている、と思う。
もし、良かったら、また結婚してやりなよ。
そして、
二人して、懸命に生きた分だけ、天国を楽しみなよ・・・。



続いて、脚本家の南木顕生が逝った。
映画の話はもちろん、ありとあらゆる話題に関して、口角泡を飛ばして激論した。

どこにいても、呼び出せば、馳せ参じてくれ、酒を酌み交わしたものである。
口も態度も悪いが、頭は良い奴だった。
もっともっと、W憎まれっ子、世に憚るWを地でいって欲しかった。

南木よ・・・。
早過ぎだよ、大馬鹿ヤロー!
あの世で、神波先生と酒を飲みすぎて、死ぬなよ・・・。


そして、かつて影響を受けた人々が逝った。
蟹江敬三さん、
高倉健さん、
菅原文太さん、
心から、ご冥福をお祈り申し上げます!



それにしても・・・、
晩年の菅原文太さんが、この国を心配していた。

いったい、この国は、どこへ向かっていくのだろう?

秘密保護法とやらで、
表現の自由が奪われてしまったり、
集団的自衛権とやらで、
戦争に加担する国に陥ってしまったり、
福島原発は野放しのまま、各地で原発再稼働が急速化したりするのでは・・・。

その一方で、
子育て支援、若者の安定雇用、は見捨てられ、
年金は破綻し、庶民の多くは老後の不安にさらされるのではないだろうか。

否!
そんなことはさせない!
そして、
そんなことにはならない!

なんとかするさ!
なんとかなるさ!

過去にこだわるのは、愚者だ。
未来に希望を持つのは、賢者だ。
と、最近、思うことにした。
そう!
何があろうと、
超プラス思考でいこうじゃないか!

文武両道を根本に生きれば、
必ず、人は大きく成長していく!
そして、
必ず、日本は良くなっていく!



このブログをご覧の皆さん、
いつも見て頂いて、ありがとうございます!
感謝の押忍!



posted by 井上誠吾 at 11:55| 日記

2014年12月13日

必ずできる!


昇級審査が近づいてきた。
少年部の幼年や下級生の子にとって、難しい型や怖いスパーリングに挑むことは並大抵の事ではない。

先日、ある少年部と母親が
「この子、どうしても型が覚えられなくて・・・」
と相談を持ちかけてきた。
「大丈夫、ボクはできる、と強く思いなさい!」
と、少年部の子を励まし、稽古に臨ませた。

しかし、思うようにいかない。
それでも、
「あきらめるな、できる、と強く思え!」
と叱咤激励しつつ、稽古を続ける。

稽古が終わった後、母親は、
「やっぱり、ダメでした・・・」
と、いったような表情をしている。
この子と一緒に入った同年の子は、すでに昇級し、大会でも結果を出しているというのに・・・、
そんな母親の心の声が聞こえてきそうである。
「大丈夫です、まだ日数があります。家に帰ったら、『できるから』と背中を押してあげて下さい」
と、母親を勇気づける。

審査や大会や合宿等々の催事が近付くと、
「この子、大丈夫でしょうか?」
と、よく母親から相談を持ちかけられる。
集中力がなかったり、
落ち着きがなかったり、
スパーリングが怖かったり、
空手にも、勉強にも、意欲がなかったり、
等々・・・と母親の悩みはさまざま。
そのたびに、
「本人が、できる、と強く思ったら、できます!」
と明言している。

不安なのは母親だけではない。
少年部の本人自身も不安なのである。
そもそも、不安は、どこからきているのか?
どうやら・・・、
それはW自分自身が作りだしているWようである。

脳科学医が書いた本によれば、
「いいことも悪いことも、すべて気のせい」
とあった。
つまり、脳の中で、勝手にW善し悪しWを決めつけているらしいのである。

ならば!
「この子には、素晴らしい力がある!」
あるいは、
「ボクには、何でもできる力がある!」
と、超・超・超〜ッ、楽観的にいこう!

人間、生きている限りは、いろいろなW壁WやW困難Wにぶつかるものである。
そのたびに、自分はダメだ、と自己否定していたら、W壁WやW困難Wに押しつぶされてしまう。

どのみち、W壁WやW困難Wが起こるものならば、
何があろうと、
「このW不安WはW気のせいWなんだ」
と笑い飛ばせばよいのである!

そして、
「必ずできる!」
と強く思って、W壁WやW困難Wに挑めば良いのである。

そのようなW逞しい子供になってほしいWがために、
誠真会館の空手が存在する!

すべての少年部と親御さんへ、
必ずできる!
の押忍!


posted by 井上誠吾 at 12:00| 日記

2014年12月06日

またも銀幕の大スターが・・・!


高倉健さんに続いて、菅原文太さんも逝ってしまった!

小生と同年代の映画好きのほとんどが、
「仁義なき戦いシリーズ」で菅原文太さんが演じた広能昌三役に圧倒的な存在感を感じ、魅せられたものだ。

それから十数年後──、
菅原文太さんは千葉真一監督の映画「リメインズ美しき勇者たち」に出演されていた。
この作品はジャパンアクションクラブ創立20周年記念作品であり、小生はノンクレジットだが、脚本のお手伝いをさせて頂いた。

京都の撮影所や北海道のロケ現場に出向き、千葉さんと顔を突き合わせては、翌日の撮影に間に合うようにシナリオ直しを手伝った。

その際、菅原文太さんとは撮影所やロケ現場で何度かご一緒させて頂いた。
「仁義なき戦いシリーズ」のあのW広能昌三W、否、菅原文太さんと一緒に仕事をする、ということにW嬉しい興奮Wがあった。

菅原文太さんからは、二度ほど酒席でご馳走になったことがある。
正直言って、あまり良い酒の呑み方ではなかったことだけは記憶しているが・・・、
ま、今回、ブログに書きたい、と思ったのはその事ではないので、酒の事は触れずにおこう。

何を書きたいか、
それは晩年の菅原文太さんのご活躍である!
社会活動的なことをされているとは聞いてはいたが・・・。

先日、元俳優の友人と会って話した際────、
あらためて、晩年の菅原文太さんが「無農薬農業の普及や社会活動がライフワークであった」とのことを聞かされ、非常に感動した!

耕作放棄地で有機農薬に取り組んだり、
福島原発事故を受け、脱原発を表明したり、
特定秘密法案で権力の暴走を止めようと発言したり、
集団的自衛権行使容認で戦争加担の危険性を糾弾したり、
と、俳優としてではなく、
一家言を持った一人の老人として活躍されたらしく・・・。
素晴らしい!

その行動からは、
日本の農業の行く末を、
原発が人へ及ぼす危険性を、
表現の自由を束縛される国民を、
戦争に加担していく日本を、
時には憂い、
時には憤り、
時には案じ、
そして・・・、
後に続く若い人たちへの慈愛、さえも感じられた。

折しも、小生の兄からの電話で、
「文太さんは大宰府天満宮に納骨されたらしいぞ」
との事。
大宰府天満宮は小生の故郷・福岡にあり、学問の神・菅原道真公を祀る神社である。
菅原文太さんは神道だからなのか、あるいは同じ菅原姓だからなのか、その辺は定かではないが・・・、
どうやら、太宰府天満宮で、家族葬が行われたようである。

今、小生は62才。
父親が亡くなった年齢となり、
「晩年を、どう生きるか」
と、いうことを大きな課題としている。

今回、菅原文太さんが、
俳優としてではなく、一人の老人として、
様々な社会活動をされていたことに深い感銘を受けた!
あらためて、思う。
人に役立つ生き方をせねば・・・!

菅原文太さんへ、合掌の押忍!



posted by 井上誠吾 at 11:52| 日記