2015年04月27日

情けなく、恥ずかしく、カッコ悪くても・・・やり遂げろ!



「もう、面(メン)は被りません。僕は俳優になりたいんです」
と、クビを覚悟でマネージャーに宣告した。

それを聞いたJACの先輩たちから、
「おまえ、仕事を選ぶなよ」
と、睨まれたり、不快な顔をされたり・・・。
すっかり、落ち込んだ。

先月、JACの古株が集合してパーティーを開いたが、
30年ぶりに会った先輩たちから、
「おまえは生意気だった」とか、
「ケンカばっかりしてた」とか、
小生のW若い頃の問題児ぶりWを苦笑しつつ、話してくれた。

その通りである!
今、当時の自分を思い返しても・・・、
顔から火が出るほど恥ずかしいことのオンパレード!

しかし・・・あれで良かったんだ!
今は、そう思っている。

失敗して、傷ついて、
「もう撮影に行きたくない」
と、思うほど落ち込んで・・・、
それでも尚、これ位で落ち込んでいたら、
W生き馬の目を抜く芸能界Wで生きていけない!

ゼニクレージーを最後にして、絶対に面(メン)は被らない!
そう決意して、撮影に臨んでいった。
当然のこと、
ますます、顔はシミで赤黒くなり、
ますます、先輩たちからW問題児扱いWをされていった。

なるようになるさ!
何のために空手の稽古を積んできたんだ。
何のために映画、小説、詩の勉強をしてきたんだ。
思い切り、ゼニクレージーとして、暴れまくってやる!

結果・・・、
「あいつ、なかなか面白いぞ」
とのスタッフの評判が届いた。
また、何よりも嬉しかったのは、
「あんたのゼニクレージー、なかなか面白いばい」
と、田舎の両親が褒めてくれたことである。

そして、数ヶ月後。
「大非常線」という刑事ドラマのレギュラー出演が決定!
よぉ〜し、ショーケンや松田優作に、追いつき、追い越せだ!

しかし、そうは問屋が卸さない。
そのレギュラー出演は、
さらに、W失敗し、傷つき、落ち込むWことを繰り返す、
序章にしか過ぎなかったのある。

ちなみに両頬のシミは十年近く残っていた。
この年になっても、
興奮したり、体調が悪かったり、悪い飲み方をしたり、等々で、
思い出したように現われてくる。

以上、ゼニクレージーの裏話である。




posted by 井上誠吾 at 11:51| 日記

2015年04月24日

40年前の昔話



前回、予告した昔話を・・・。

かねてから大石師範とは、
映画「空手バカ一代」や「けんか空手 極真拳」に、
互いに若い頃、出演していた話を交わしてきた。
しかし、
大石師範は、小生のことなど記憶されておらず、少々寂しく思っていたところであった。

それはそうである。
あの頃、大石師範は「空手バカ一代」の劇画にも登場するほど、極真会館が期待する有名選手。
かたや、小生も空手をやっていたとはいえ、
撮影現場では、何かと便利に使われるアクションの絡み役。

先日、大石師範から、
「思い出しました」
と、開口一番、声をかけて頂いただけでも嬉しさの極みである。
大石師範とは、
また機会があれば、40年前の懐かしい撮影話に花が咲きそうで楽しみにしている。

40年前、と言えば・・・、
ここに書くたび、何かと好評の、ゼニクレージー!
このゼニクレージーもまた同じ頃の作品である。

さて、ここからは、以前書いたブログの続編としたい。
タイトルは、
「情けなく、恥ずかしく、カッコ悪くても・・・続けるぞ!」
と、これである。

ゼニクレージーの役を、
恥も外聞もなく、思いっきり、やっていると・・・、
金粉で肌荒れをして、顔の両頬にシミができてしまった!

その両頬のシミは、
撮影を重ねていくごとに、
どんどん赤黒く進行していったのである。

そんなある日。
撮影の合間に、ゼニクレージーの姿で休憩していると、
通りかかった子供に泣かれてしまった。
また別の日。
昼食時間に、ゼニクレージーの姿で定食屋へ入ると、
サラリーマンやOLに笑われてしまった。

なんだか、次第に情けなくなり、
「俺は、いったい、何をしているんだろう・・・」
と、自分に憐れみさえも感じ始めていた。

そもそも上京したのは、
アクション俳優になりたくて、
ジャパンアクションクラブに入団したんだ。
何が悲しくて面(メン)を被らなきゃいけないんだ!
と、生意気なところが顔を出してきた。

そして、
「もう、面(メン)は被りません。僕は俳優になりたいんです」
と、クビを覚悟でマネージャーに宣告した。

                       次回へ




posted by 井上誠吾 at 13:42| 日記

2015年04月20日

世界総極真の大会を終えて



昨日の19日、
「第六回東日本極真空手道選手権大会」
が、無事に終了した。

誠真会館からは、少年部の精鋭8人が出場した。

今月の29日に弊方主催の、
「関東飛翔空手道選手権大会」
が、控えているため、
各大会にて優勝・入賞、経験者のみに出場を打診していた。
そして、29日の弊方主催大会への参加は見合わせ、
精鋭8人が今大会に挑んだ。

試合とは、
常に緊張を強いられるものである。
優勝・入賞を重ねてきた彼らにとっても、例外なく・・・、
皆それぞれ1回戦を勝ち上がるまでは、固い表情をしていた。

しかし、全員が身事な戦いぶりで、次々と勝ち上がっていった!

それでも、健闘むなしく・・・、
三位入賞を目前にして、残念ながら3人の選手が敗退。
残る五人の選手に望みを託された。

その結果、
小学2年男子、小学2年女子、小学3年男子、
各クラスで、三人の選手が優勝!
小学3年女子、小学6年男子、
各クラスで、二人の選手が三位入賞した!

参加したすべての少年部選手が、
勝敗に関わらず、全力を尽くして戦った!

彼らの将来において、
そうやってW戦うWという経験が、
人生においてのW勝利Wを導き出すものと確信している!

みんな頑張った。お疲れさま!

さて、今大会では、
海外から多数の選手が来日し、
大石代悟師範は、最高審判長として、
海外選手への判定について、いろいろと気配りをされていた。

そのお姿を見ていると・・・、
小生もまた、
29日の弊方主催の大会において、
参加選手全員が、気持ちよく試合に臨めるよう、
丁寧に真摯に対応せねばならない、との認識を強くした。

さて、最後に、話は思い切り飛ぶが・・・。

朝、大石代悟師範と挨拶を交わした際、
「井上館長、思い出しました。昔、眉毛がギュッとして、目がギラッとしてましたよね」
と、開口一番、そう仰られた。

「昔」とは、
映画「空手バカ一代」や「けんか空手 極真拳」
に出演していた頃の話である。

と、
ここで、枚数に限りが・・・!
次回は、好評の「ゼニクレージー」の話も交え、昔話を!



posted by 井上誠吾 at 10:55| 日記

2015年04月14日

ふるさと



おふくろの一周忌法要で九州福岡の宮若市に帰郷してきた。

田舎に帰るたびに、
兄・禮一郎の家族はもちろんのこと、
映画「リトルウイング 3月の子供たち」
の上映会で協力して頂いた方々とお会いするのが楽しみである。
今回も、篠原誠一さん、小川千津子さん、
皆さん方と楽しいひと時を過ごした。

そして、もう一つ、楽しみにしているのが・・・、
テレビ朝日の番組「人生の楽園」で放送された店、
「手打ちうどん家 余白」である。
しかし、
名物女将の榎本芳江さんは膝を悪くしておられ、
つい先日まで入院中だったらしく、暫くは閉店やむなし・・・、
残念!

実は、「手打ちうどん家 余白」には、
いつも法要でお世話になっているご住職も通っておられるとの事。
宮若市だけでなく、いろんなところにファンがいる店である。
九州出身の道場生・M澤さん一家も、
ついこの間、食べに行こうとして、休みだったと聞き及んでいる。
女将さんには、
「一日も早く快復され、また美味しいうどんを作って頂きたい」
と願うばかりである。

さて、お寺にて、おふくろの法要が済むと、
ご住職をご案内して、脇田温泉の旅館「楠水閣」にて、
会食が始まった。

その夜は、
おふくろを偲んで、
関西から、叔父さん、叔母さん、従兄弟たち、も駆けつけ、
「楠水閣」での宴が続いていった。

前日は、篠原さんたちと2時頃まで、
そのまま帰宅して、また兄と3時過ぎまで飲んでいたので、
実に眠い・・・時折、睡魔が襲う中、
酒宴は、寝させてはなるものか、とばかりに続き、
話も弾み、歌も弾んでいく。

その際、
「楠水閣」の安永社長と奥様の女将さんには、
いろいろとお気遣いを頂いた。
安永社長には、
映画「リトルウイング 3月の子供たち」
の次なる上映会の話も進めて頂いている。

安永社長は、
さまざまな地域活動されておられるので、
この映画を上映することで地域のお役に立てるならば幸いである。
そして、微力ながら、
W大震災の風化を止め、武道空手の理解が広まっていくW事へと、
繋がっていけば、この上なく嬉しく思っている。

それにしても、
63才に近づいての深酒は、
体にこたえるようになったなぁ・・・。

前述のM澤さんが、
「館長、九州に帰られたら、酒三昧になるんでしょうね」
と、笑いながら仰っていたが・・・、
その通りであった。

ま、深酒はこたえたが・・・、
みんなが、おふくろのために集まってくれた。
きっと、黄泉の国では、おふくろも喜んでいるに違いない。

九州でお会いしたすべての皆さんに、
感謝、である!




posted by 井上誠吾 at 14:52| 日記

2015年04月11日

情けなく、恥ずかしく、カッコ悪くても・・・続けるしかない!



「ようし、やっちゃるばい!」
恥も外聞もない、思いっきり、やってやる!

ゼニクレージーが、
東京の街中、
郊外のロケ地、
撮影所のスタジオで暴れ出した!

思いっきり、
クレージーに演じて、
思いっきり、
クレージーにアクションを披露した!

手応えを感じた。
何人かのスタッフが、
感違いしたW俳優の卵Wの演技に笑ってくれた。
JACの仲間が、
ワル乗りしたW過剰なW演技に感心してくれた。

しかし、東京の街中で、
金色の顔、
金色の巨大コイン頭、
胸には¥マークがついたタイツ、
腰にはガマ口財布のベルト、
この格好での撮影は・・・、
やはり、
自分には、酷だった。
そして、
恥ずかしかった!

ある日・・・、
金粉をクレンジングオイルで落としていると、
ん、なんだ・・・?
両頬が赤黒ずんでおり、
いくら、オイルや石鹸で落としても、落ちない!

若くして、シミができていた!

ガ〜ン(衝撃音)!
これから、ショーケンや松田優作に、
勝るとも劣らない俳優としてデビューしようとしているのに、
このシミ、
どうしてくれるんだ!

スタッフに、
「あの〜、肌、大丈夫って、言いましたよね?」
と、怒りを押さえて聞くと、
「肌、荒れるかも知れないって言ったよね」
と、そっけない答えが返ってきた。

相当、ヘコんでしまった!

撮影が進むにつれて、
シミは、ますます赤く黒ずんでいった。
どうなるんだろう・・・、
この顔は?







posted by 井上誠吾 at 11:15| 日記

2015年04月08日

情けなく、恥ずかしく、カッコ悪いけど・・・やっちゃるばい!




前回からの続きである。

小生の頭には、
金色の円盤みたいなコインが被せられ、
そのせいで頭が3倍くらい巨大化している。

この仕事、受けるんじゃなかった・・・!

ま、いいか、
帽子だと思えば・・・、
顔は出るんだから・・・。

その顔に、スタッフが、
こともあろうか、金粉を塗り始めた。

小生は恐る恐る、
「あのぉ、金粉は皮膚呼吸ができないんじゃ・・・?」
と、スタッフに訪ねると、
「これは大丈夫。多少、肌が荒れるかも知れないけどね」
と、ペタペタと塗っていく。

多少って・・・どれくらい荒れるんだろう・・・?

不安の中、見る見るうちに、
自分の顔がW金色の輝きWを発していき、
それと並行して、
自分の顔からW精彩の輝きWが消えていった。

スタッフから、
「はい、これを着て」
と、渡されたのは、胸に¥マークのついたタイツ。
「次、これ締めて」
と、渡されたのは、ガマ口財布がついたベルト。
「最後、これ履いて」
と、渡されたブーツを履くと・・・。

金の亡者・怪人ゼニクレージーの完成!       

生まれて初めての体験だった。
あまりにも異様すぎる自分の姿を見たのは・・・!

そして、つくづく後悔した。
九州の田舎の両親に、
「顔が出て、セリフもあるとばい。すごいやろ」
と、電話したことを・・・。

しかし、受けた仕事は断るわけにはいかない。

ここは正念場。
「ようし、やっちゃるばい!」
と、気持ちを切り替えた。

                     続く



posted by 井上誠吾 at 23:57| 日記

2015年04月05日

情けなく、恥ずかしく、カッコ悪い話



この新ブログから
小生自身、なんのてらいもなく書こうと心掛けている事柄がある。

それは、
情けない話、
恥ずかしい話、
カッコ悪い話、
などなど・・・。

何回かに渡って、
スーツアクターの話を書いたが・・・、
その中で、
「面(メン)は被りたくありません」
と述べていた。

実は、あれには続きがあり、
機会があったら、書こうと思っていた。

それは「ゼニクレージー」という怪人の話。

時折、空手の大会会場で、
「ちなみに館長、昔、ゼニクレージーを演じておられたんですね」
と、声をかけられ、
「子供の頃、ゼニクレージー、大好きでした」
と、握手を求められることがある。

しかし、正直に言う。
小生にとって、あのゼニクレージーの役には、
情けない話、
恥ずかしい話、
カッコ悪い話、
が、山ほど詰まっている。

「面(メン)は被りたくありません」
と、生意気な小生に、
「顔が出ていればいいのか?」
と、事務所のマネージャー。
「そうです。それに芝居もしたいです」
「おまえにぴったりの役がある」
と、紹介されたのが、
子供番組『コンドールマン』のゼニクレージー!

顔が出ていて、
芝居があって、
いう事なし!

これまで、
空手の練習、
アクションの練習、
さらに、
映画や小説、詩の勉強さえもしてきた力を、
やっと発揮できる!

やる気満々で、衣装合わせに行くと・・・、
「コレ、被って」
スタッフが直径50センチ以上の金色の円盤みたいなものを渡す。
「コレって、面(メン)、ですか?」
「面、じゃないけど・・・みたいなもんかな」

小生の中で、
得体の知れない不安が広がった!

                    続く



posted by 井上誠吾 at 23:45| 日記

2015年04月03日

もしかして、失敗するかも知れない B



せっかく人間として生まれてきたのに・・・、
失敗を恐れて、なんの努力もしない。

釈迦は、
「人間に生まれるは爪の上の砂のごとし」
と、説いている。

それは、どれほど少ない確率か・・・?

海辺の砂を思い浮かべて貰いたい。
あの大量の砂を、
手ですくい上げる量ではなく、
W爪の上に乗るWくらい少ない量である。

人間として、生まれてきただけでも、有難いことだ。

失敗したって、いいじゃないか。
あるいは、
負けたって、いいじゃないか。

失敗があるからこそ、
負けがあるからこそ、
成功した時の喜び、勝利した時の喜び、が大きい。

エジソンは、
「天才は1%のひらめきと99%の努力」
と、諦めることなく研究を続けた。
まさに、
「失敗は成功の母」
である。

能力があるのに、
知識があるのに、
すぐに諦めてしまう若者たちよ。
我々がこの世に生まれてきたのは、
W爪の上に乗る砂Wのように少ない確率らしいぞ。

ゆめゆめ自分を見捨てるなよッ!

さて、
世の先人、偉人、天才、聖人たちに共通していることがある。
それは、
人間として、生を受けたのは、
「人のためにW何か役に立つことWをする」
である。

人の数だけ、個性がある。
その個々が、
W何か役に立つことW
で、生きようと行動する。

想像しただけでも、美しく幸せな世界が広がってくる!

若者たちよ、
失敗を恐れて、小さくまとまるなよ!



posted by 井上誠吾 at 11:30| 日記

2015年04月01日

もしかして、失敗するかも知れない A



こういう、
「もしかして、失敗するかも知れない」
とのネガティブな題材になると、
W本音をぽろりWではなく、W本音をガンガンW書きたくなる。

「説教臭い」
と、言われても構わない。
新ブログでは、
「忌憚なく、本音を書くぞ」
と、始めたのだ。
腹を割って、W本音をガンガンW書き進めていく!

もし、途中で辟易とするような方がおられたら、
申し訳ないが、このブログから、ご退場を願いたい。

さて、小生は、
今時の若者が失敗を恐れてしまうのは、
けっして、
「劣等感からくるものではない」
と、見ている。

むしろ、
能力は充分にある。
それにもかかわらず、
失敗を恐れるのは・・・何故か?

その能力や知識が邪魔をしているのである!

なまじっか能力や知識があるばっかりに、
不安が先に立ち、ネガティブ思考になってしまっている。

小生なんか、
能力もないし、
知識もないし、
学歴さえもない。

脳天気な愚か者である!

ほんと、
なんにもない!

なんにもないから、
「失敗したら、失敗した時に考えればいい」
と、前に進んできた。

シナリオ創作という、
小生にとって、難関な世界に飛び込んだ時も、同様だった。

シナリオの「シ」の字も知らない人間が、
「このホン、面白くないなぁ・・・自分なら、こう思うな」
と、書き始めただけ。

端っから、才能なんか全くない。
ただ、一つ、
「やり始めたからには、粘り強くやる!」
その気合いのみ!
                    続く




posted by 井上誠吾 at 10:26| 日記