2016年06月08日

子育てが難しい時代A 〜空手道場の果たすべき役目〜



昨日に続き、ブログの更新である。
子育てに戸惑っている保護者の方もおられるので、
早速、続きを書かせて頂くことにする。

小生の悪ガキの犯行が、なぜ母親にバレていたのか?

小生の子供の頃、
昭和30年代という時代は、
バスの運転手さん然り、近所のおじさんやおばさん然り、
みんなの監視の目があり、みんなで子供の教育を担っていた。

悪いことをすれば、すぐに親にバレてしまう繋がりがあった。

今の時代は、
残念ながら、その人間的な繋がりが希薄になっている。

小生は、街中で、野放図に行動する子供を見かけると、
「おい、何やってんだッ」
と注意をしてしまう。
すると、近くにいる母親が、
「この変なおじさん、私の子供に何を言っているの」
と怪しい人間でも見るように睨みつける。

ゆえに最近は、余程のことでなければ声は掛けられない。

実は、この声が掛けられないことに問題がある。

昔、存在した恐いおじさんやおばさんは消えてはいない。
事実、小生の中に熱いほど受け継がれているし、
友人や知人の中にも小生と同様の熱い奴が数多くいる。

しかし、
怪しい人間と勘違いされるのなら、
もう子供に注意なんかできなくなってしまう。

かつて野放図だった小生は、
「この子は、このまま大人になったら、危ない方向に行くぞ」
自分と同じ匂いを感じつつ、残念だが放っておくしかないのだ。

今、子供を叱ることができない、甘く未成熟な親が増えている。
叱れないと、
叱らないの、
その差異に気付かず、
「自由と尊厳を認める寛大な親」
との勘違いも甚だしい認識の上に立って、
叱れないことに甘んじている。

子供に対して、
「愛情を込めて、本音でぶつかり、本音で叱る」
ということは、
相当なエネルギーが必要なんだ!

ともあれ、
子育てが難しい時代になった。
もう今の時代に、
近所の恐いおじさんやおばさんの役目は機能しなくなった。

完璧な親はいない。
完璧な子供もいない。
完璧な教育者もいない。
同じように、完璧な空手道場の指導者もいない。

かくいう小生こそが問題児であった。
しかし、
己れの数々の経験から、
「愛情を込めて、本音でぶつかり、本音で叱る」
ということを知り、
子供たちが変わる
姿を見てきたことだけは間違いなく、強く自負している!

かつて地域にあった、
‶恐いおじさんやおばさんの役目
を、我々空手道場が担っていかなければならない!

少年部も、保護者の方々も、何か困ったことがあれば、
「先ずは、空手道場の先生に相談する」
ことを薦めたい。

そのためには、
少年部と保護者と指導者、
この三者の信頼関係こそが大切である!

このブログが、
置き去り騒動以来、子育てに迷っている保護者に届き、
少しでも、役立つことができれば幸いである。
押忍!






posted by 井上誠吾 at 12:25| 日記