2016年09月26日

福島の大会が無事に終了!




昨日、門馬道場主催の全福島空手道選手権大会が無事に終了!

毎年、9月になると参加させていただいているが、
門馬師範はじめ、
各先生方やスタッフの皆さん方の
ご丁寧な応対、試合進行等々、微に入り細にわたって、
お気遣いと大会成功への熱い思いが伝わってくる。

今年もまた、実に素晴らしい大会として終了した!

門馬師範はじめ、
各先生方やスタッフの皆さん方、
お疲れ様でした!
そして、ありがとうございました!

誠真会館からは、25名の選手が参加をし、
各コートで熱戦を繰り広げ、全員が一回戦を突破!

午後の部へと移り、更なる戦いに挑み続け、
優勝・2名、
準優勝・3名、
3位・4名、
4位・2名、
と、各入賞者が賞状・トロフィーを受け取った!

その模様は杉並本部道場のブログを見て頂きたい!
楽しく微笑ましい、試合前の姿、
そして、技が決まった瞬間、等々が、
見事なまでに収まっている!

東伏見道場のY科パパのカメラマンの腕と活躍に感謝!
そして、審判を行いながらのブログ更新のM澤さんに感謝!
ブログ更新の補助をして頂いたMりさん、F川さんにも感謝!

近々、東伏見道場のブログでも掲載される筈ゆえ、
そちらも楽しみに見て貰いたい!

優勝した選手の皆さん、おめでとう!
勝ち上がれなかった選手の皆さん、次へ向けて頑張ろう!

当日、会場に駆けつけて頂いた保護者の皆さん、
審判として働いていただいた各先生方、
お疲れ様でした!
そして、ありがとうございました!
皆さんに、感謝の押忍!





posted by 井上誠吾 at 09:49| 日記

2016年09月21日

見事なまでに30人組手を完遂!





人は、どうして戦うのだろう?

その答えは、
本気で戦った人の中にこそある
と確信している!

戦いの傍観者でいる限りは、
その答えを見い出すことなど、一生涯できない!

戦いの傍観者とは、
何も空手の組手だけを指しているのではない!

人の生きざまにも戦いは大きく左右するものである!

そんな戦う意義を知る男が、
先日、30人組手を見事なまでに完遂した!

東伏見道場責任者・加藤和徳先生である!

世界大会が控えているだけに、
本音を言えば、30人組手は、世界大会後にしてほしかった。
しかし、
本人の強い意気込みに触れ、この日の昇段審査となった。

弟の智亮先生はじめ、
選手クラスの面々が試合やケガで参加できず、
掛り手不足を心配したが・・・
なんのその各道場から素晴らしい勇士が集結してくれた!

しかし、
世界大会が控えていること、
掛り手にケガをさせたくないこと、
二つのことに留意するよう伝えて、30人組手を開始!

和徳先生より掛り手を心配しつつ(笑)、組手が進んでいく。

途中、壮年部やシニアの方々が挑まれた。
これは、頼もしくあり、その参加意欲に嬉しくもあった!

そして、目を細めたのは、中学生であった。
和徳先生にして、
「中学生たちの攻めが強く、疲れました」
とまで言わしめたである!

掛り手の中学生たちよ、あっぱれ!

それにしても、
和徳先生も掛り手も、無事で何より、
否、若干1名、足掛け下段突きで頭を強打した青年?がいたが、
本人は、
「良い体験をしました」
と喜んでいたので、これはこれで良しとして。
見事な30人組手であった!

人は戦うことから背中を向けることはできない!

戦うこと、
それは、自己を磨くこと、
そして、強く・優しく・潔く生きること、へと繋がる!

あの日、会場にいた人々が、
そして、その模様を知った誠真会館の道場生の人々が、
戦う意義を知り、
稽古に励んで貰いたいと願っている!
押忍!






posted by 井上誠吾 at 12:29| 日記

2016年09月17日

自分から逃げない!




これまで、何人の子供たちが、
「稽古が、痛いから、怖いから」
と、弱音を吐いてきたことか・・・。

そのたびに、
「弱い自分に背中を向けるな」
と、叱咤激励をするのだが・・・、
ついには耐えきれなくなり、道場から去っていく子がいる。

会うは別れの始めであり、人には別れがつきものである。

しかし、
「痛いから、怖いから」
との理由だけで空手をやめていく子を見ていると、
「これから先、この子は、何かにつけて逃げ回るんだろうな」
と、不憫でならない。

空手は、痛いのは当然、怖いのも当然、である!

実際、痛いことをやっているし、怖いこともやっている。
それを無理して、
「痛くない、怖くない」
と、強がったり、背伸びなんかする必要はない。

突きや蹴りを受けて、
「痛くない」とか「怖くない」という人間などいない。
誰もが、
「痛い」「怖い」と感じているのだ。
そして、さらに、
「難しい」「勝てない」「強くならない」等々と、
如何ともし難い壁も嫌というほど感じているのである。

しかし、
そこから逃げないで、
乗り越えていこうとすることが何よりも大切!

空手だけではない!
人生においても、強く生きている人というのは、
様々な体験をして、乗り越える力を身に宿してきている。

その乗り越える力が自分にもある、と強く信じることだ!
そして、勇気を出して一歩踏み込む、ことが大切なんだ!

生きている限り、「痛い」こと、「怖い」ことから逃れられない!
それは生涯ついてまわるものである。

そうやって逃げる癖がついてしまうと、
自分には乗り越える力があるというのに、
それに気がつかないまま、すべてを見失ってしまうのである。

そういう子は、実に不憫でならない・・・!

空手の稽古を通して、心と体を鍛えて、
強く・優しく・潔い人間になっていこうじゃないか!







posted by 井上誠吾 at 12:34| 日記

2016年09月10日

政治の浄化




小池都知事が都議会の闇にメスを入れ、
魑魅魍魎どもの利権や汚職に迫ろうとしている。

大いに期待しているが・・・、
果たして、どこまでやれるのか。
頓挫することなく、とことんやって貰いたいと願っている!

ちなみに、政府官僚の天下りやわたりは、
とっくに我々国民の知るところであるにもかかわらず、
いまだに横行し、税のムダ使いが続いている。

政府官僚が退職すると、
各省庁の関連する特殊法人や公益法人、
そして、各省庁の関連する民間企業、等々へと、
天下りをしていき、高い役職に就き、
数年経ったら、多額の退職金を受け取ると、
さらにまた、他の団体へと転々とわたりを繰り返し、
多額の退職金を何度も受け取っていく。

まさに、魑魅魍魎どもである!

同様の、ムダ使い・不正・汚職、が国だけでなく、
都や区や市町村といった地方自治体でも行われている!

日本人は、
「誠実で、勤勉で、正直で、礼儀正しく、秩序を守る」
と、世界中の人々から尊敬されている。

しかし、
「公に奉仕する立場にある者たちが私利私欲に走る」
という現実がある。

日本人として、恥ずかしい限りである!

勿論、すべての公務に就く人々がそうである、とは言わない。
一部の魑魅魍魎たちが、その汚名を着せているのだ。

事実、誠真会館の一般道場生や少年部保護者の中には、
公務員の方々がおられるが、公のために誠実に働かれている。

小池都知事には、
そのように誠実な公務員の方々の協力を得て、
頓挫せず、徹底的に東京都政の浄化を成し遂げてほしい!

小生が尊敬する上杉鷹山公は、
「なせば成る、なさねば成らぬ何事も、
 成らぬは人のなさぬなりけり」
そして、さらに、
「人民のための藩主であり、藩主のための人民ではない」
として、自らが質素倹約をし、領民のために働いた。

東京都政が浄化して、
その浄化の波が、国や地方自治体へと広がってほしい、
と切に願う!

もっと書きたいことがあるのだが・・・、
その辺は、今日の文武両道クラスで話したいと思っている。
押忍!







posted by 井上誠吾 at 11:52| 日記

2016年09月03日

叱れない親




小生は、
問題のある子供たちを見かけると、
見て見ぬふりができない。

車道を駆け回っている子供がいると
「危ないぞ」と言葉をかけ、
図書館で騒ぎまくっている子供を見かけると
「静かにしろ」と睨みつけ、
スーパーで菓子パンをつまみ食いしている子供を見つけると
「何やってんだ」と叱りつける。

そうやって注意するたびに、
「なんだ、この変なオジさんは?」
と子供たちからは怖がられ、
さらに、親たちからは、
「うちの子供に何の文句があるんですか?!」
と怪訝な目で睨まれた上、子供を庇って逃げ去られてしまう。

問題がある子供たちを注意しているだけなのに、
問題がある危険人物と見なされて、不快さだけが残る。

そもそも子供というものは
駆け回ったり
騒ぎまくったり
つまみ食いしたり
と、様々なかわいい悪事を繰り返すものである。
しかし、それは、時と場所による。
車道なら、本人が事故に遭うし、
図書館なら、人に迷惑をかけるし、
スーパーなら、犯罪者になってしまう。

そんなことにならないよう、叱ることが必要なのである!

本屋には叱らない子育て関連の本が山積みされている。

このような本が売れるとは、つくづく残念な世の中だと思う。

これでは、
「叱らないことが、子育てに最適」
と勘違いしてしまう親が増えても仕方ない。

叱らないで済むような聖人君子な子供など見たことがない!

おそらく、そのような本に限って、
「親の都合で叱るのは良くない」
などと、もっともらしいことが書いてあるのだろう。

小生は、
「親の都合で叱るのは大いに結構!」
と思っている。

そもそも赤ん坊は、自分の都合で泣くことから、始まっている。
「お腹がすいた〜」「おむつ替えて〜」「眠いよう〜」
と何時でも何処でも子供の都合で泣いて育ってきたのである。

それを、
「いつまでも赤ん坊じゃないぞ」
「いつまでも幼稚園じゃないぞ」
「いつまでも小学生じゃないぞ」
と躾と教育をしていくのが親の役目であり、親の都合だ!

社会で自立して力強く生きていくためには、
「辛抱する」
ということが必要不可欠である。

子供とのたうち回る覚悟で向き合って叱る。
つまり、
「愛情を込めて、本音でぶつかり、本音で叱る」
ということが肝心である!

まだまだ書きたいことが山ほどあるが・・・、
いずれまた書かせていただく。

最後に、少年部の子供たちについて。

空手道場に入門させるくらいの親御さんであれば、
上記のような「叱れない親」ではない、と確信している。
しかし・・・、
もし、困ったことがあれば、
親御さんだけで抱えてしまわずに、何なりと相談してほしい!

問題児であった小生ゆえ、応じられることも多々ある!
と自負している。
「待っております」押忍!
















posted by 井上誠吾 at 12:23| 日記