2008年04月19日

武道・武士道に生きる人はカッコイイ!

小生がいうところの、カッコイイとは、
「生きざまが美しくて強い」
ということであります。

武士道といっても、
鎌倉時代や戦国時代の武士道があり、
山鹿素行や山本常朝が著した江戸時代の武士道があり、
新渡戸稲造や山岡鉄舟が著した明治時代の武士道があり、
それぞれの時代に、様々の人物たちが武士道に関する書物を残しており、ひとくちに語るのは至難の業です。

そこで、ここでは現代社会に適応しうる武士道として、
小生が感服している文章なり言葉なりを、小生なりの現代語解釈と手法で書き進めたいと思います。

総じて、武士道では、
「不正、狡猾、卑劣、な行為は恥ずべき事と蔑み、義をみれば、死をも恐れず、勇を遂行すること」
としております。
義、とは──打算や損得のない、人としての正しいすじ道、
であります。

さらに、日本武道教範の中にある、以下の訓戒は、武道・武士道の精神の真髄を表しております。

『嘘や偽りを言わずに、自分勝手なことをしないで、
外見ではなく、素直なこころで、礼儀作法を正しく行い、
偉い人に媚びへつらわず、貧しい人を馬鹿にせず、
金持ちだからといって誇らず、貧しい人を見捨てず、
人を非難せず、自分ばかりを主張せず、
陰口を言ったり、傷つけたりしてはいけない』

簡単な文章ですが、
現代人が失いつつある、人の倫(みち)を的確に、そして見事に教え諭しています。

「人として生を受けたからには、けっして、威張らず、昂ぶらず、冷静に善と悪、真と偽、を見極めて、私利私欲に走らず、公のために尽くし、義のために勇を遂行する」
公、とは──社会や世間のこと、正しいすじ道のためには、勇気を持って行動しなさい、というのです。
生きるとは、かくあるべきだ、との厳しい精神を内在した道徳律であることがひしひしと伝わってきます。

まとめとして、もっとやさしく現代的に意訳するなら、
「人にやさしくあれ」「正直であれ」「約束を守れ」「弱いものをいじめるな」「卑怯なことはするな」「人に迷惑をかけるな」
そして、「勇気をもって生きろ」というのです。
なんのことはない。どれもが、親が子供を育てる際の言葉であります。

このような簡単な道徳律を、今の政治家や官僚たちが実践をしたら、政治不信など生まれはしないでしょう。
ましてや、お年寄りをいじめるような医療制度なんか、考え出したりはしない筈です。
彼らの中で、一人でもいい、権謀渦巻く泥沼の政局で、このごく簡単な道徳律を頑固に貫いてくれたなら、
どれほど、カッコイイことか!

小生が見ていて・・・一人、そんな政治家がいます。
宮崎県の東国原知事です。
今のあの方を見ていると、小生なりにですが、「サムライ」を感じます。

どのみち、国政を担う政治家や官僚たちには期待はできません。
ならば、庶民の一人ひとりが、
「美しく強い精神」を根本に生きればよい、
と、小生は念願するばかりです。
個々の「美しく強い精神」は、
庶民の間で広がり、次世代の子供たちへと受け継がれ、
やがては、その子供たちが大人になり、各分野で活躍するようなリーダーとなって成長していく。
その時、日本は、
世界に誇れる“美しい国”に大変貌していることでしょう。

小生が、道場で子供たちと向き合っているのは、
「この事のためにある」
といっても過言ではありません。
できるものなら、少しだけ長生きをして、生きている間に、自分に関わった子供たちが大成長した姿を見届けてから、死にたいものです。

武道・武士道は、
人生を美しく強く生きるための“活きた哲学”です。

日本には、そんなカッコイイ生き方を示した文化遺産が歴然とあるのです。

人は、みんな、死に向かって生きています。
どうせ、死ぬ、この身ならば、
カッコイイ生き方、を貫き通してから死ぬ!
小生、そう肝に銘じております。



やはり、ナガク、クドク、シツコクなりました。
このテーマでは、まだ多くのことを書きたいのですが、今日はこの辺で終わりたいと思います。
最後まで、読んでいただき、ありがどうございました。
押忍!



posted by 井上誠吾 at 10:33| 日記