2008年04月25日

聖火

ついに聖火が日本に到着しました。
日本でも、物々しい警備態勢を敷いて、聖火リレーがおこなわれるのでしょうか・・・。

思い出されます。
小生が小学6年生の時です。
東京オリンピックの聖火が日本全国を回る、ということで、
聖火ランナーの応援に沿道へ駆けつけ、心を躍らせながら、手をふって見送ったことを・・・。

そして、小学校の授業では、担任の女の先生が、オリンピックの創立者であるクーベルタンの言葉を引用しながら、
「オリンピックは参加することに意義があるらしいの、勝ち負けじゃなく、参加することが大切って、いいよね」
と教えて貰いました。
女の先生の人柄もあり、「勝ち負けじゃない」という、その言葉は、物忘れの多い小生ですが、この年になってもハッキリと覚えております。

東京オリンピックは、
自国・ホームでの大会ということもあり、数多くの金・銀・銅のメダルラッシュとなりました。
東洋の魔女と呼ばれた女子バレーボール、男子体操、そして、マラソンで感動の銅メダルを獲得した円谷幸吉!
小生、円谷選手には本当に感動しました。

しかし、その後、
円谷選手は、メダルの重圧、組織の重圧、日本国民がかける期待の重圧・・・様々な重圧に耐え切れずに、自ら命を絶ってしまいました。
日本中がショックを受けた事件でした。

あれから、40有余年。
今、聖火が別の意味の注目をあびて、北京へと繋ぐべく日本の地を走ります。
第一走者に選ばれた星野監督は、
「警備は必要ない、五輪、スポーツを愛する人と走りたい」
と会見したらしい。
まさに、その通りです。
平和の象徴であるオリンピックは、
政治や企業はもちろん、民族や宗教や思想にも利用されてはいけない。
真なる聖域でなければなりません。
選手たちは、純粋に競技に参加してくるのだから・・・!

人が動き、組織が動き、国が動くと、何らかの軋轢を生むのは、なぜなのか?
答えは、間違いなく、裏に利権が絡んでいるからです。

少なくとも、武道・武士道では、
利権で動く事を、
“恥ずべき行為”としております。
さらに、人を陥れたり、懲らしめたり、苦しめたりする事も、
“恥ずべき行為”として戒めております。

聖火が届いた今こそ、警備においても応援においても、日本人は世界に毅然とした態度を示すべきです。

人として、良心の命ずるところ、恥かしくない行為を!





posted by 井上誠吾 at 09:39| 日記