2008年07月07日

心と体を鍛える

戦国時代、伊達政宗はローマに派遣団を送っています。
その派遣団の中には少年たちも入っており、ローマの人々は、サムライの子供たちの立ち居振る舞いを見て、
「10才でも、国を代表する使者の役割を果たす判断と思慮がある」
と賞賛したようです。

その時代を見てきたわけではありませんが、
「礼節を重んじ、他人に敬意を払い、おもいやりの心を持つ」
当時のサムライの子なら、異国の地にあっても、威風堂々としていたのだろうな、と納得がいきます。
まさに、ものごころが付いた頃から、心と体を鍛えられてきたた賜物です。

さて、この現代社会。
時代が違うといえば、それまでですが、
つくづく、「心と体を鍛える」ことの大切さを感じます。

よく、凶悪な犯罪者に対して、
「普段は、おとなしくて、いい人ですよ」
そして、そのあとに、
「まさか、あんなことをするとは・・・信じられません」
とテレビで、犯罪者の知人や隣人がレポーターの質問に答えているのをよく耳にします。

なぜ、そうなってしまったのか?
原因は犯罪者の数だけ、それぞれに別れるでしょうが、
小生なりに、一つだけ言えることがあります。
心身ともに鍛えられて育っていたなら、何も犯罪に至るまでのことはなかった、と!

今時の子供たちは、
「飽きっぽく、我ままで、辛抱が足りない」
という人がいます。

しかし、小生は、そうは思いません。
子供というものは、本来、そうしたものではないでしょうか。
だから、“躾”というものが必要なのです。
その“躾”がきちんとされていれば、子供は見違えるように成長していく筈、と確信しています。

しかし、子供たちを取り囲む環境は、
知識や情報を頭に詰め込むことばかりが優先され、
「心と体を鍛える」ということが蔑ろにされています。

そもそも現代の大人たちが、
「心と体を鍛える」ということに重きを置いていない。
何かにつけ、理屈や論理で片付けてしまい、
「心と体を鍛える」という生活をしていないため、
頭は小利口かもしれないが、体感度の鈍い大人たちが数多くいるような気がします。

人生、何もかもが、うまくいく筈がありません。
むしろ、うまくいかないことだらけ、でしょう。
小生自身、生きる勇気や、挑戦する勇気が、根こそぎ挫かれそうになったことが幾たびあることか。
おそらく、死ぬまで、そんな苦悩が続くのでしょうが・・・それでも、「弱い自分に負けないで生きていく」、ことに人生の価値がある。
そう、強く覚悟しております。

道場は、「心と体を鍛える」場所です。
サムライの子たちに負けないような道場生を育てたい!
小生の切なる願望であります。

押忍!

posted by 井上誠吾 at 09:13| 日記