2017年01月01日

謹賀新年!




新年を迎えて、
皆さんに、幸せになる術をお届けしたい!

(※1月2日、ここまで読み返して、
 あまりに直球すぎて、照れくさくなってしまった(汗)。
 しかし、削除も改訂もせず、このまま載せることにする。
 表現は青臭いが、これもまた小生の本音がぽろりだ)
  
それは・・・。




今年もまた、
姿勢を正して、
神聖な気持ちになり、
書斎の窓から、初日の出を拝んだ。

暫し、
厳かに光り輝く初日を眺める。
そうしているだけで、
思わず、掌を合わせたくなってくる。

そして、黙想。

丹田に意識を落として・・・。
ゆっくり、深く、呼吸をしていく。

すると・・・、
我が五体が、
「大宇宙の空間で太陽と向き合っている」
そんな知覚に包み込まれていく。

亡くなった祖先・・・、
両親、親戚、友人、先輩、後輩、等々・・・、
その人たちの生前の顔を思い浮かべながら、
御霊を弔っていく。

終ると、
再び、我が五体が、
大宇宙と融合していき
真我の世界へと導かれていく。

無であり、空であり、慈愛あふれる空間、である。

やがて、
ゆっくりと、
意識を我が書斎へと戻していく。

すると、
そこには、
「すべてに感謝し、
 すべてを肯定し、
 我欲を無くし、善を尽くす」
心から、そう思える自分が存在している。

今年もまた、
そんなふうに初日の出を拝んだ。




さて、
「幸せになる術」
とは・・・、
何を隠そう、道場で行っている黙想のことである。

黙想、あるいは瞑想と捉えても良い。

小生は、この黙想を毎朝、太陽に向かって行っている。

お陰で、歩いていても、道場にいても、車の中でも、
瞬時にして黙想状態に持ち込むことができるようになった。

丹田に意識を落として、物事を見るだけで、
目の前に発生した大問題でさえ、
正面から受け止めることで、自然と解決に至っていく。

当然のこと、そこには辛苦はある。
しかし、辛苦を辛苦と捉えるのではなく、
辛苦を楽しむという楽観的な捉え方ができるのである。

もう、こうなると、何の心配もいらない!
すべてが、杞憂に終わる、のである!

これは、宗教でもセミナーでもない。
小生の実体験から生まれた幸せになる術なのである!

先ずは、信じて、実践してほしい!
素直な人こそ、伸びるし、救われるし、強い!

空手は非日常の世界。
痛い、辛い、怖い、苦しい、思いをしながら、
憎くもない相手と、突き合い、蹴り合って稽古に励む。
この非日常への最初の所作が黙想である。

いつも道場で行う黙想が、
実は、
「非日常で経験したことを日常に活かす」
という大きな効果があることを体現して貰いたい!

この黙想体験が、
皆さんへの、元旦の贈り物、になれば幸いである!

皆さんにとって、
素晴らしい年でありますように!
押忍!







posted by 井上誠吾 at 12:06| 日記