2021年08月02日

財務省の優秀な高官の弱み 前編



相当にナガクなったので、前編・後編に分けることにした。

コロナ後の日本の盛衰に関わる事を書いているので、
どうか皆さん、前編・後編、と最後まで読んで頂きたい!

エリート高官の弱みとは、
「人間として未熟であり、人徳が備わっていない」
ということである。

「優秀なエリート高官なんだから、そんなことはないだろう」
と思われる御仁もおられるかと・・・、
しかし、
池袋暴走事故を思い起こして頂きたい。

母と娘、2人の命を奪い、7人が重軽傷者を出した大惨事。
90才の被告は、東大卒の元エリート高官である。

事件後「上級国民だから逮捕はされない」と言われ続けてきた。
その通り、一度も留置場に入ることなく、都内の自宅で過ごしている。

交通事故の中には、
事故発生から最高裁の判決まで、14年もかかった裁判もある。
おそらく、90才の被告は、無罪を主張し続け、高齢を理由に逮捕を免れるのであろう。

被害者の遺族は、
「被告がどんな刑事罰を受けようとも、2人は戻ってきません。せめて反省はしてほしい」
と被告に対して述べている。
しかし、90才になる元エリート高官は、
遺族に対して、誠実な謝罪をすることなく、心からの反省も拒絶している。

高齢ゆえに逮捕・収監の問題はあるだろうが、
人として、大切なのは、
‶遺族への心からの謝罪と自己の深い反省‶
なのだ。
元エリート高官で、頭も良い筈なのに、それができない。
まさに「人間として未熟であり、人徳が備わっていない」のだ。

7月5日のブログで、エジソンについて───、
「偉大な科学者は、非社交的で、自分の世界をもち、懐疑的、批判的、である傾向が強い」
との研究資料がある。
大天才・エジソンですら、自分が発明した直流送電に拘るという‶プライド‶に走り、交流送電を成功させたテスラを認めず、卑劣なキャンペーンでテスラを陥れようとした。
───と書いた。

かのエジソンでさえ、我見を通す、という残念なところがある。
ましてや、エジソンの足元にも及ばない日本のエリート高官などは「人間として未熟、人徳などは皆無!」なのである。

なぜ、そうなってしまったか?
理由は二つある。

一つ目は、財政法。
二つ目は、グローバル化を信奉する輩共。

先ずは、一つ目の財政法について。
戦後、日本国憲法はGHQの占領目的を遂げるために制定された。
それと同時に、
「日本が2度と戦争できないよう弱体化を企図」
したのが財政法である。

特に、財政法4条は、
「国による国債の発行は原則として禁止。しかし、公共事業や財源のみ例外的に認める」
となっている。
具体的には、建設国債や復興債、は認められるが、
教育、文化、福祉など、社会保障財源を国債で賄うことは禁じられている。

ならば、財源確保のために、高度経済成長期のように公共事業に国債を充てるべきである。

日本は、地震・台風・河川の氾濫・土砂崩れ、
そして、老朽化する首都高はじめ、全国の高速道路の補修工事、
さらには全国の自治体の水道事業への投資、ガス・電気のインフラ設備、インターネット等の通信設備、
これらの公共事業に国債を充てれば、景気はV字回復し、その税収を、教育、文化、福祉などの社会保障に回せるのである。

忘れてはならない。最後に介護サービスへの投資もあった。

今、日本には、外資系買収ファンドが入り込み、
介護サービスを手がける企業を次々と傘下に収めている。
とんでもないことである。

老人介護の経営を、外国に任せて、否、奪われてもよいのか!

もう、この国の政治家たちは、売国奴としか思えないほど、未熟で人徳がない!

次回の後編では、その辺のところも含めながら、
2つ目の、グローバル化を信奉する輩共。
を書き上げたいと思っている。

最後まで、読んで頂き、感謝の極みである。
共に、コロナ後の日本を良くしていきましょう!






posted by 井上誠吾 at 13:15| 日記