2021年08月20日

恩師・千葉真一さん逝く



小生の人生の中で・・・、
今年が、このような年になるとは・・・!

亀石征一郎さん、本郷直樹さん、に続いて、
千葉真一さんが亡くなった。

昨日、関根大学から連絡があり、
「なんで、コロナなんだよッ、千葉さんッ!」
と思わず叫んでしまった。

千葉さんは90才過ぎまでは生きる!
そう信じていた。

昨年12月のある夜。
千葉さんと関根大学ら旧JACメンバー数人が飲んでいた時、
「誠吾とか、春田(純一)とも飲みたいな」
と言っていたらしい。

そこで、大学が小生に電話を掛けてきて、
「誠吾さんと話したい、という人がいるので、代わります」
と電話に出たのが千葉さんだった。
「えっ、千葉さんですか?」
「えっ、誠吾か?」
と互いに、大学の機転と言うか、不意打ちと言うか、サプライズと言うか・・・(大学の奴)・・・と思いながら話を進めていくと、
「誠吾、飲もう。今から君津に来いよ」
「君津ですか?!・・・行きたいですけど、自分が行った時には千葉さんは眠くなってるでしょうから、またの機会に」
と断ると、
「そうだな。また近いうちに会おう!」
と元気な声が返ってきた。

それが千葉さんとの最後の会話になろうとは・・・!

同様の会話が春田純一とも交わされた、と大学から聞いている。

その大学が寂しげな声で、
「石橋(雅史)先生は亡くなるし、亀石さんは亡くなるし、本郷さんは亡くなるし、山岡(淳二・アクション監督)さんは亡くなるし、須田(正己・妖怪ウオッチのキャラクターデザイナー)さんは亡くなるし・・・」
と呟いた。

みんな亡くなる前に酒を酌み交わした仲であり、
小生と関根大学の人生において、いろいろと影響を受けた人々であった。

小生のような年になると、周りがどんどん他界していくが・・・、
とうとう、千葉さんまでもが・・・!

誠真会館の‶誠真‶、
‶誠‶は井上誠吾の‶誠‶であり、
‶真‶は千葉真一の‶真‶である。

15年前・・・。
千葉さんは誠真会館の創立を応援してくれた。

当時、杉並道場という小さな道場が一つしかないのに、
「これから青少年育成を掲げて、日本全国に道場を広めますから、私は館長を名乗ります。千葉さんは総裁ということでお願いします」
と小生が夢を語ると、
千葉さんは本気でその夢に付き合ってくれた。

しかし、やんちゃな‶千葉ちゃん‶は、
知人を殴打する、という事件を起こしてしまい、テレビや週刊誌で報道された。
小生のところにもテレビ取材(ТBSとテレビ朝日)がきたので、
「千葉さんは空手家です。人を殴る筈がない」
と擁護し、それが放送された。

その夜、千葉さんから電話が入り、
「誠吾、迷惑をかけたな」
と誠真会館の総裁を辞職する旨を話された。

数日後、小生に辞表が届いた。
筆文字で「井上誠吾館長殿 迷惑をかけて、申し訳ありません」との何ともバカ丁寧な文言が綴られてあった。
弟子である小生に、このようなことを書く必要はないのに・・・。
と思いながら、受け取った。

それでも、何か事があるたびに、千葉さんと会っては酒を酌み交わした。

会えば、話は尽きなかった。
40年〜50年前、千葉さんが主演した空手映画の話(小生は端役ですべての作品に出演)は勿論のこと、
テレビや舞台、さらには時事問題と、多岐に渡って話が盛り上がっていき・・・、
実に楽しい酒であった。




千葉真一さん・・・。
誠真会館の‶総裁‶を引き受けられた時、
「誠吾の言う通り、青少年育成が大事なんだよ。お前さんならできる」
との言葉を頂戴したこと、今も強くこの胸に残っています。

小生は館長職を引退しましたが、
あの創立時の「青少年育成の使命」は、
加藤館長や幹部指導者たちが受け継いでくれています。

千葉さん、
誠真会館は、あなたが残した数多くの作品の一つです。

哀悼と感謝の意を込めて、押忍!




『グローバル化を信奉する輩共』は次回に。








posted by 井上誠吾 at 10:46| 日記