2026年04月05日
少年部保護者から届いた一通の手紙に涙・・・!
「ブログ再開します」
と、言ったものの、なかなか更新できず・・・
書きたいことは“山のように”あるのに、
時間のほうは“川のように”流れていく。
あ〜あ゛、このジレンマ。
やっと、一息ついて、ブログに向き合えたところです。
さて、ここからは真剣にお話します。
過日、型の大会を終えましたが・・・、
少年部の保護者(お父様)の方から私のもとへ一通の手紙が届きました。
私は手紙を読み進めるうちに熱いものが込み上げてきました。
これは保護者の皆さんにも、是非とも共有して貰いたい、と思いました。
そこで、この手紙を書いてくださったお父様の了承を得て、ご紹介させていただきます。
※手紙の一部を、原文のまま紹介します──
わが子が必要な場面で自然に正座をしたり、空気を読んで口をつぐんだり、大事な場面の前に目を閉じて集中したりする姿や、ふとした立ち姿に芯を感じたりするたびに、嬉しさを覚えております。
また、最高師範からは、子どもたちばかりではなく私自身もお力をいただいております。
初めて黙想の折にお言葉を拝聴した際、「自分を褒めてあげてもよいのだ」と温かい気遣いをいただきました。「なんの心配もいらない」というお言葉の意味を理解しつつも、その実践の難しさを感じることもございます。
さて、今回の試合ですが、長男(名前や学年や出場クラスなどは伏せます)・次男(同)は初戦敗退、三男(同)は準優勝という結果となりました。
特に長男は試合前の1か月、例年以上に熱心に取り組み、一挙動一挙動を見直しながら、毎日稽古を続けておりました。本番では(親馬鹿ではありますが)とても良い型を打つことができ、報われなかった無念に私も涙をこらえることができず、気持ちが大いに揺れ動きました。
しかし、大会前に最高師範がおっしゃった「自分自身が一生懸命できたのであれば、もう優勝だと思えばいいんだ」というお言葉や、以前道場でお話くださった「勝っても負けも泣けるということは、それだけ頑張ったということだ」というお言葉が思い起こされました。
「結果は残念ではあったが、長男が真摯に稽古に取り組み、本番でこの上なく良い型を打てたこと、そして号泣するほど打ち込めたことを喜ぼう」と思えた時、すっと気持ちが落ち着いたように感じました。
今でも時折「ああ、いい型だったな」と思い返すことがありますが、勝敗という結果だけにとらわれず、喜ぶべきことに目を向けられるのは、ひとえに最高師範のお言葉のおかげと感謝しております。
長男自身の気持ちは計り知れませんが、彼も前向きに受け止めてくれていることを願っております。
──以上、一部を原文のまま、載せました。
このあと、まだ文末へと続きますが・・・、
いや、感動しました。
そして、涙ぐんでしまいました。
今、手紙をブログに書き写している最中にも、再び感動し、涙ぐんでしまいました。
おそらく、このお父様も、手紙を書きながら涙ぐまれたのではないか、と推測しております。
最後まで読んでくださった皆さんには、きっと伝わったのではないかと思います。
当然、試合では勝者と敗者が出ます。
しかし、その結果だけに気持ちが向いてしまうと、
「試合で、互いを試し合ってほしい」
という思いで開催してきた我々団体の意図とは、少し違ってしまいます。
もちろん、勝った選手は素晴らしい、です。
それでは、負けた選手は素晴らしくない、のでしょうか?
そんなことはありませんよね。
このお父様は、毎日の稽古、黙想、姿勢、心構え──
そうした日々の積み重ねにこそ価値を見出し、
子どもが人として成長していく姿を、何より喜んでおられる。
私はそのように受け取りました。
同様に感じられたブログをご覧の皆さん・・・
手紙の中に──
「なんの心配もいらない」というお言葉の意味を理解しつつも、その実践の難しさを感じることもございます。
──との一文がありますよね。
これは、お父様のとても素直なお気持ちの表れだと、私は嬉しく思いました。
なぜか・・・?
「なんの心配もいらない」
かくいう私自身が、実戦の難しさを感じながら、試行錯誤しているからです。
でも、これだけは言えます。
「今、この瞬間を大切に生きていられる人は、
間違いなく幸せです」
・・・と。
黙想・・・自分を褒めてあげてください・・・!
追伸
ああ、再開早々、またナガク、クドク、シツコクなってしまった。
次回はなるべく短くします。
また覗きに来てください。
それにしても焦りました。
実は、またここへ入るのに、それはもう大変だったのです(悲)!
posted by 井上誠吾 at 12:11| 日記