2006年12月04日

空手・いじめ・この国のかたち

いじめが社会問題化しています。政府も緊急提言を出し、なんとか解決しようとしているみたいですが・・・。
政府の提言は8項目ありました。天邪鬼な小生は、気が付くと各項目に「違うだろ」とツッコミを入れながら新聞を読んでおりました。以下、新聞記事を要約しつつ、その時のツッコミを再現したいと思います。

1 『いじめは反社会的な行為として絶対許されず、いじめを見て見ぬふりをする者も加害者である』
  ──ここでツッコミ「小市民を加害者扱いするわけ? 談合・賄賂・横領・裏金・無駄な外郭団体&公共事業等々、見て見ぬしているのは誰よ?」

2 『学校はいじめを起こす子供には指導、懲戒の基準を明確にし、社会奉仕、個別指導など、規律を確保するため全教員が対応をとる』
  ──再びツッコミ「懲戒?子供に制裁? あのね、社会奉仕というのは、やらされるんじゃなくて、自ら行うからこそ価値があるんじゃないの」

3 『いじめられている子どもには守ってくれる人や必要としている人が必ずいると指導し、小さなサインも見逃さないようにする』
  ──呆れてツッコミ「あのォ、こんなこと活字にして説明しなきゃ、今の学校の先生たちは、生徒に対して愛情というものを持ってなかったんですか?」

4 『教育委員会は、教師がいじめをしたり、放置・助長した場合は、その教師に対して懲戒処分を適用する』
  ──怒りのツッコミ「今度は教師を懲戒かい? 子供にしろ、教師にしろ、現場の当事者で弱い立場なんだから、その上の教育委員会とか文科省の構造悪の見直しをすべきでは?」

5 『学校は事態に応じ、校長、教員等でチームを作り、生徒間での話し合いも実施し、一人一人の子供との人間関係を築き直す』
  ──ア然のツッコミ「これも同じ。活字にしなきゃ、先生は子供と向き合わないんだ? 先生=聖職の時代に戻そうよ。頑張ってる先生はいる筈です。そんな先生は怒ったほうがいいですよ」

6 『学校はいじめを隠さず、校長や教員でチームを作り、いじめが発生するのは悪い学校ではなく、いじめを解決するのが良い学校、との認識に立つ』
  ──笑いのツッコミ「ハッハハハ。良い子悪い子普通の子のバラエティーのノリだな。あのね、安倍総理、美しき国づくりをしたいなら、世の先人、偉人、天才たちの声を真摯に聞いてみたら?」

7 『いじめは家庭の責任も重大である。保護者は、子どもと向き合い、ほめる、励ます、叱るなど親としての責任を果たす』
──下からツッコミ「家庭があり、地域社会があり、その上に国があるのなら、まずは国が姿勢を正し、家庭の範となる責任を果たして貰いたいなぁ」

8 『いじめ問題は、一過性の対応で終わらせず、教育再生会議としても、さらに真剣に取り組むとともに政府も一丸となって取り組む』
  ──最後のツッコミ「いいかげんにしてくれ。政府の高官から民間の見識者までが顔を揃えた上での教育再生会議ではなかったの。その締めくくりがコレかい?」

とまぁ、このような感じで、ブツブツと突っ込んでおりました。

小生、正直申しまして、このような政府の提言ではいじめがなくなるとは思えません。
第一、安倍さんを見ていると、小泉チルドレンへの対応そのものがいじめではないの、と思えてくるのですが。
それにチルドレンを育てたご本家の小泉さんも「政治家は使い捨てだ」と育て親とは思えない切捨てをなさっています。
どうも、国のトップに立つ人は「目的のためなら数を力に理不尽な押し付けをしてもよい」という感覚に陥るようです。これこそが“いじめの構図”なのではないでしょうか?・・・教育再生会議の皆さんは「国がいじめの模範になっています」と進言してはどうですか?
非常に残念です。これでは国民が納得するいじめ対策は出てこないでしょう。

いじめは人間社会がある限り、根絶することはないとは思います。
しかし、これ以上の自殺者を出さないように歯止めをかける施策と努力は怠りなく続けなければなりません。
先日、テレビでコメンテーターたちが「死んではいけない」と視聴者に熱い声で訴えていました。コメンテーターたちの自殺を止めたいという気持ちは判りますが、小生には表層的で説得力のない言葉としか受け取れませんでした。

小生なりに生意気を言わせて貰えば「死んだら卑怯だ」と叱ってやりたい。特に遺書でいじめた友人の名前を書いて死んだりしては、「今まで懸命に生きてきた君の短い人生に泥を塗るような死に様じゃないか」と叱り飛ばしてやりたいくらいです。

空手は武道です。その精神の源は武士道にあります。
かつての武士たちは切腹という美学の中で自殺を容認していましたが、その自殺の目的は「自らの誠実な生き様を証明する」ことにあったのです。真の武士とは「死に媚びるは卑怯」としておりました。武士の切腹という自殺には「自分が死ねば、いじめたアイツが困るだろう」という姑息な算術などはなかったのです。

そこで言わせて下さい。
いじめに歯止めをかけるのは、武道である、と!
武道の世界では稽古を通して、痛み、苦しみ、辛さ、恐さを体感することができます。そのような稽古を繰り返すうちに、いじめに負けない子、いじめをしない子、が育つのだと思っております。
武道並びに武士道の根本は「人が人として美しく強く生きること」と小生は認識しております。
各武道・各流派の推進者たちが、武道精神を根幹に置いて、日本中に各自の武道を発展させてこそ、いじめに歯止めがかけられるのではないかと思っております。
安倍さんは、美しい国づくりを目指しておられるようですが、政策に窮されたら、日本人が伝承すべき崇高な精神があるということに立ち返られてはいかがなものでしょうか。

というわけで、誠真会館では、武道精神を根本に置いて稽古を行っておりますので、一度見学に来て下さい。
「オイオイ、武道家が姑息な算術に走っているぞ」
とのお叱りの声が聞こえてきそうですので、表現を変えます。
日本の武道(柔道・剣道・弓道・合気道・拳法・そして空手などなど.)を教えている道場では、体と心を鍛える事を根本に置いている筈です。一度、近くの道場に見学に行って見てはいかがですか。
ついでに誠真会館もよろしく!
と、お約束の駄目押しをさせていただいたところで失礼させていただきます。

posted by 井上誠吾 at 11:10| 日記