2008年10月31日

故郷・母

1年半ほど前、「ふるさと・母」のタイトルで、
母が軽い認知症になったとの事、ブログを書きましたが、
その母との再会です。

故郷の地を踏んだのは、4・5年ぶりだと思っていましたが、
よく考えると、7・8年ぶりの帰郷でありました。
ついつい忙しさに流されてしまい、親不孝をしております。

玄関に立つと、ひとまわりも、ふたまわりも小さくなった母が出迎えに来ました。
「まぁ、よう来たね。おばちゃんも年を取ったやろ」
我が子に対して、
「よう帰ってきた」ではなく、「よう来たね」でした。
さらに、
「お母さん」ではなく、「おばちゃん」と・・・。

一瞬、突き放されたようで、返す言葉がありませんでした。
ただ、その場に、呆然と立ち尽くしました。
もっと早く帰ってくればよかった、と親不孝を悔い・・・
なぜこんな事になってしまったんだ、と不憫さを嘆き・・・

母は、呆然と立ち尽くす見知らぬ人に困惑したのか、
何度も「おばちゃん」を繰り返しながら、話しかけてきます。

母の記憶から「誠吾」という我が子が完全に消えていました。
この世に生を受けて、56年・・・初めて受けた、とてつもない衝撃でした。
いつしか、時間がどんどん逆行し、少年の頃の自分に戻ったような不思議な感覚に陥っていました。
「ボクのこと忘れないで・・・!」

涙がとめどなく、あふれて、動けませんでした。
切なく、哀しく、申し訳なく、やるせなく・・・!
「あら、この人、泣きよんしゃる・・・そんなに泣かんといて。おばちゃんまで泣きとうなる。さぁ上がりんしゃい」
母は貰い泣きしながら、“見知らぬ人”の手を取り、家の中へと招き入れました。

間もなく・・・、
母は、ぼんやりとした記憶の中で、
息子の「誠吾」だということに気がついてくれ、
小生自身、我に帰り、安堵と嬉しさが込み上げてきました。

やがて、兄の子供や孫たちが、「誠吾おじさん」が帰ってきたということで、次々と集まってきてくれました。
母は、兄夫婦や孫やひ孫たちの顔を見て、
「みんなに、よくして貰いよるんよ」
と、ニコニコと笑いながら、小生に報告をするのです。
その表情には、父よりも厳しかった母の面影はなく、おだやかな品格さえ漂わせていました。
「おふくろは・・・幸せだよ」
小生、思わず兄夫婦に感謝の言葉を洩らしていました。

帰り際、母は、
「東京の家族みんなによろしくね」
と微笑んで、息子の「誠吾」を見送ってくれました。

明日になれば、
「誠吾が帰ってきた?・・・いつ?」
と、兄夫婦に聞くのだろうな。
忘れられている、という悲しさはあるけれど・・・、
母が日々の暮らしの、瞬間、瞬間において、幸せを感じながら生きていることは紛れもない事実なのだ。
そう自分に言い聞かせ、故郷をあとにしました。



posted by 井上誠吾 at 10:25| 日記