2007年01月10日

人・美と醜 大切な品格

1月5日か6日頃に書いたものを消してしまいましたので、
なんとか、思い返しながら、書き直しました。
前回との違いが多々あると思いますが、その違いも楽しみながら、読んでいただけたら幸いです。



美しい国作り、をアベさんは主張されています。
しかし、その言葉とは裏腹に、アベさんの周辺には美しくない人たちが次々と暴かれていっております。
まったく、実に嘆かわしい。

人は美と醜を併せ持って生きているものなんでしょうね。

年末に大手保険会社の会長さんとお会いして、楽しい会話をさせて頂いた事は報告しましたが、その時に、
「清濁併せ呑み、時には、毒を食らわば皿まで」
と、会長さんは仰せられました。
「清濁併せ呑み」とは、
善人だろうが悪人だろうが、受け入れてやる。
「毒を食らわば皿まで」とは、
毒を食った以上は死ぬのだから徹底してやる。またあるいは、悪事に悪事を重ねる、時などにも使いますが、この時の会長さんは前者を意味されたのだと思います。

会長さんは、人の上に立つ者は、
「清濁併せ呑み、時には、毒を食らわば皿まで」
そういう覚悟でいなければならない、と仰せられたのです。

会長さんには、組織の長としての強い責任感と部下への深い慈愛を感じます。
以前にも書きましたが、会長さんは、知・情・意、のバランスを内奥されており、品格というものが漂っています。
生意気を言わせていただきますが、
常に、人に対して真摯な気持ちで向かい合われ、下に手厚く実践され、責任を全うされて来られたからこそ、あのような品格を醸し出されているのではと推察いたします。

品格といえば、
このところ、小生、売れない脚本家ではありますが、
千葉真一総裁との脚本作りの打ち合わせでNHKに行くことが多いのです。
今、大河ドラマ『風林火山』の収録中で、つい先日、撮影の合間に、千葉総裁の紹介で、武田信玄役の歌舞伎俳優・市川亀治郎さんと話す機会がありました。

市川亀次郎?
と、知らない方も多いと思います。
正直申しまして、小生も紹介されるまで、知りませんでした。
歌舞伎の舞台が多く、映像作品はこの『風林火山』が初めてなのだそうです。

短い会話を交わしただけで、
この市川亀次郎さんに、品格を感じたのです。
梨園の品格、とでもいうのでしょうか。

そういえば、
歌舞伎の方々には、同じように品格を感じるな、
と思いました。

小生だけでしょうか・・・、
売れている俳優や活躍中のスポーツ選手には、オーラがある。
しかし、品格は感じられない。
活躍している政治家や総理大臣には、オーラがある。
しかし、品格は感じられない。

その点、どうでしょう。
歌舞伎の世界とか、皇室関係の方々には、品格がある。
と思いませんか?

しかし、一般の方々の中にも品格を感じさせる人は数多くいます。
街を歩いていて、男女問わず、品があるなぁこの人、と感じる人とすれ違うことが時々あります。

それは、どういうことなんでしょう?
男としての品格、
女としての品格、
人間としての品格・・・。
品格は、持ちたいものです。

華のある人。
覇気がある人。
オーラのある人。
そして、品格のある人。

小生、品格のある人に敬意を表し、憧憬を感じております。

『国家の品格』、という本がベストセラーになりました。
小生も、大いに期待して、買って読みましたが、残念なことに、深い感動も影響も得られませんでした。
ただし、武士道の復活の訴えには、大いに共鳴をしました。

同感です。
国家に品格がなくなった今こそ、武士道の復活が必要です!

武士道に生きた人には、
人としての生き方が美しく、品格があります。
小生の尊敬する、吉田松陰然り、
武士道に生ききった、土方歳三や河井継助然り、
彼らは、
美も醜も、清も濁も、併せ持ち、
死を恐れずに、
己れの信ずる至誠の道を貫き通しました。

その生き様にこそ、
小生は、人の品格というものを感じるのであります。

どんな人でも、品格は内在していると思います。
武道精神には、
仁・義・礼・忠・孝・勇・信、
このような精神支柱があります。
ひとつひとつの文字の中に、
品格を生み出す“種”が内在していると思います。

かく言う小生は、
美・清少なく、醜・濁多く、併せ持っておりますゆえ、
生涯に渡って、空手の修行が必要になってくるのであります。

押忍!


posted by 井上誠吾 at 09:36| 日記