2009年08月20日

長崎の街・実家の町

以前、九州本部の報告をした折、このタイトルで書きます、と予告しましたが、様々な催し事が続き、そちらを優先してきました事、ご理解下さい。

さて、先ずは長崎の街です。
なんといっても、長崎は歴史の街、であります。
時間の合間を見て、ホテルから飛び出し、出島資料館や眼鏡橋などを散策しました。
のんびりと路面電車が走り、街の至る所に歴史の裏話が詰まっていることを想うと、2時間ほど歩いても、まったく疲れを感じません。

しかし、ふと、「京都に似てるな・・・」と思いました。
街のたたずまいが似ているのではなく、
歴史ある街の中に、東京と同じようなファーストフード店や居酒屋チェーン店が、あそこにもある、ここにもある、と目に付くことです。

かつての京都の街には、それら“東京色”を感じさせるものがありませんでした。
少なくとも、30数年前、撮影の仕事で京都へ行き始めた頃、街には、まだ「古き良き都」のたたずまいがありました。
しかし、わずか30数年を経て、京都の街はいっきに変貌し、東京と同じような“色”ばかりが感じられ、残念に思っていたのです。

それと同じ感覚を、長崎の街で感じました。
別に、ファーストフード店や居酒屋チェーン店の進出を否定しているわけではありません。
むしろ、それらの店がここまで席巻するとは・・・その企業努力には感心するばかりです。

しかし、歴史ある「古き良き都」なのだから、
長崎特有の歴史の風情だけは保ち続けてほしい。
京都と同じようにはなってほしくない。
そんなことを思いながら、散策しました。

続いて、我がふるさとの町・直方です。
直方は、飯塚市や田川市と並ぶ、かつては炭鉱で栄えた筑豊の大都市でありました。
そんな直方の町を3時間ほどかけて散策しました。
小生の実家は正確には隣りの宮田町(現・宮若市)で、直方ではありませんが、この町の高校に通い、何かあれば、この町で遊び、そして、この町でデートなんかもした青春の思い出がいっぱい詰まった町であります。

その町を3時間かけて散策したのですが、その間、人とすれ違ったのは・・・なんと、十人に満たないのです。

人が、誰もいない・・・!

3時間かけて、通った学校から、デートした神社から、友と駆けた河原から、そして、買い物をした商店街まで・・・、町の隅から隅まで、3時間も歩き続けたのに、すれ違った人は、十人に満たない・・・!
懐かしさを感じるより、得体の知れない哀しさを感じました。
40年近く前は賑わっていたのです。
直方駅から徒歩約1分のバスターミナルに向かって歩くだけでも、十人以上の人とすれ違っていた記憶があります。

寂れたアーケード商店街の入り口に立つと、はるか先に小さく出口の明かりが見えるだけで、アーケード内に人影がまったく見えないのです。
地方にシャッター通りの商店街が増えているのは、報道で知っていましたが、我がふるさとの思い出の町が、このようになっていたとは・・・!
衰退しきった町を眺め、ただ呆然とするばかりでした。

やがて、ふと町角に立つ看板を見て、憤りを通り越して、思わず苦笑してしまいました。
「麻生がやりぬく。麻生自民党 始動!」のポスター。

そうです。
この直方市は麻生首相のお膝元なのです。
聞けば、同じお膝元である隣りの飯塚市も同じように衰退しているらしい。
ただし、麻生財閥の関連企業だけは盛んらしいです。
なんともはや・・・!

長崎の街・実家の町。
小生にとって大切な二つの街・町を散策して、
長崎の街には、風情を保ち続けてほしい。
実家の町には、活気を取り戻してほしい。
そう願ってやみません。



posted by 井上誠吾 at 09:30| 日記