2010年01月21日

力なき正義・正義なき力

数学者・哲学者・思想家のパスカルがいわく、
「力なき正義は無能であり、正義なき力は圧制である。なぜならば、つねに悪人は絶えないから正義なき力は弾劾される。それゆえ正義と力を結合せねばならない」
学校で「パスカルの原理」や「パスカルの三角形」を習った、あのパスカルの言葉であります。
確かに、事を成すには、正義だけではなく、力も必要です。

しかし、
「勝てば官軍、負ければ賊軍」という言葉があります。
勝てば、道理に合わなくても正義とされ、
たとえ、道理に合っていても負ければ不正なものとされる、との意味です。

維新戦争の嵐の中、
無残にも散った「新撰組」や「白虎隊」などが賊軍とされましたが、彼らには正義がなかったのか・・・。
否! 彼らには、彼らの置かれた立場として、美しく気高すぎるほどの彼らなりの正義がありました。

では、正義とは何なのでしょう?

正義を、「人の道として正しいこと」、と定義するならば、
血を血で洗う戦争には、「正義」は存在しない!
正義という名の下での殺戮は、断じて許すべきではない!

「核なき世界」を訴えたオバマ大統領さえ「平和のため」と称してアフガニスタンに兵力増強しようとしている。
その愚行は、ベトナム戦争の二の舞になりかねない!

「正義と力の結合」は「権力者の驕り」へと繋がる。
それは、マニフェスト・ディステニー(神の天命)」の名のもと、世界を牛耳ってきたアメリカの歴史が証明しています。

そんな負の歴史を繰り返してきたアメリカだからこそ、
オバマさん、ここは勇気ある軍事撤退をして、タリバンと膝を交え、命がけの和平交渉をして下さい!
そして、真のノーベル平和賞に値する人間になって下さい!
正しい戦争、などある筈はないのです!

幕末時、江戸城の無血開城の裏には
「命もいらぬ名もいらぬ、官位も金もいらぬ人間は始末に困る。だが、この始末に困る者でないと大業はなしえられぬ」
と、西郷隆盛に言わしめた武の達人・山岡鉄舟の私心私欲のない下働きがあったからこそ、血を流さずことなく開城されたのです。

武道の武とは、
戈(ほこ)を止める、争いを止める、という意味があります。
「正義と力」が、正しく実行されるのは至難の業です。
しかし、日本には、世界に誇るべく「武という平和」の伝統があります。
小生は、パスカルが提言した「正義と力」は、
武道の国・日本だからこそ、実現できると確信しています。

誠真会館の武道空手は、
そんな「強く優しい日本人」を作るためにあります!





posted by 井上誠吾 at 11:37| 日記