2007年03月23日

素直

横綱と大関の差は何か?
といえば、
素直か、素直でないか、その差で、
横綱になるか、大関で終わるか、の違いが出てくると聞いています。

松下幸之助翁は、
「素直な心になりなさい」と様々な著書に書き残されています。
素直とは、ただおとなしく従順で何でも言うことを聞く、
ということとは少し意味が違います。

私心がなく、曇りがなく、
物事をあるがままに見ようとする心の目をもっているか、どうか、だと思います。

これまでの自分の人生で得た知識なり経験を、
頭の中で、あれこれと考えても、
自分の人生のキャパ以上の解決策など出てこないでしょう。

物事を、頭の中ではなく、
心の目で、しっかりと捉えようとすることが肝心だと思います。

この二・三日、千葉真一総裁との打ち合わせが続いており、
あらためて「肉体は俳優の言葉だ」を再認識しました。

今、NHK大河ドラマ『風林火山』で、
千葉総裁は武田信玄の育ての親・板垣信方役を演じておられます。
小生の周辺は勿論、NHKにも「千葉真一の板垣信方が良い」との大きな評判が届いているようです。
昨日、千葉総裁と話していますと、
「俺は下手だよ。しかしね、演技の上手い下手ではないんだ。頭で覚えたセリフを五体で感じ、信方と言う人物になりきって、気持ちで演じている」
と目を輝かせて語っておられました。
役者道・五十年になろうとする人の謙虚な言葉と受け止めました。

小生、生意気を言わせていただきますと、
千葉総裁はピュアな方です。
それゆえに、仕事となると、一直線に突っ走り、誤解を招くことが多々あるようですが、
それでも構わない!
そろそろ70才に手が届くというのに、心の奥底には、若者顔負けの純粋さを保ち、曇りのない精神で居続けようと心がけておられるのですから、素晴らしいことです!
小生、大変、勉強になりました。

素直な心、五体の芯で感じることが肝心です。
頭ではなく、心の目で見て、感じ、掴み取ることです。
まるで水晶のように一点の曇りもない心の目には、物事をあるがままに見ようとする眼力さえも備わっている筈です。

その素直な心は、
武道によって、鍛えられていく。
と信じております。

小生、一般部の方々によく言う事なのですが、
道場では、憎くもない相手と殴りあったり蹴り合ったりして、稽古でぶつかり合っています。
そこには、平和な日常にはない、凄まじいまでの痛みや恐れや苦しみがあります。
そんな非日常の稽古で得たことは、即、日常の生活の中で活かすようにすべきなのです。
空手は空手、仕事は仕事、と割り切るのではなく、
武道精神を根本とした空手は、活きた哲学として生活の中に反映されていきます。
非日常の稽古が日常に活かされてこそ、武道空手の醍醐味であり、社会的な使命が果たされるのだと認識しております。

それは、少年部においても同じです。
道場で覚えた礼儀、集中、辛抱、やる気、そしてやさしさ、等々を、家庭や学校や隣近所など、毎日の生活の中で出すことであります。

老若男女問わず、
空手を通じて、素直な心を養っていく。
五体の芯、心の目で見れば、
どのような逆境にあっても、バネに転じて、
今、この瞬間の生を楽しめ、大きな生き甲斐が芽吹いてきて、やがて、それは自信となって現れてくるでしょう。

空手で強くなるということは、
そういうことだと、小生は認識し日々汗を流しております。


押忍!

posted by 井上誠吾 at 16:03| 日記