2010年03月13日

人の一生

「生まれた時から、人の一生は決まっている」
と、誰かが言っていました。

それが誰なのか・・・。
小説家だったか、思想家だったか、歴史上の英雄だったか、あるいは占い師か居酒屋の酔客だったか・・・、
誰なのか思い当たらないが、
時々、ある一面の真理をついている、と思ってしまう自分がいます。

特に・・・、
生まれて、へその緒がついたまま捨てられる赤子。
親から虐待され、食事も与えられずに殺される幼児。
集団登校中、酔っ払い運転の車に撥ねられ死亡する児童。
幼くして命を落とす事故や事件か起こるたびに、
「定められた運命」というものがあるかも知れないと・・・。

しかし、
「己れの一生は、己れ自身が決めるもの」
と、逆の発想をする自分もいます。
この、
「己れ自身が決める」
ことのほうが、小生にはぴったりとくるし、そう信じて生きてきました。
悪いことをすれば、悪い将来が待っているだろうし、
善いことをすれば、明るい将来が待っているだろう。
今、この瞬間の善悪の行動が、将来へと繋がっていく!

されど、前述のような、
あまりにも悲惨で、過酷で、残酷な死に方をする赤子や幼児や児童が存在するのは事実であり・・・、
その子たちに、
「己れの一生は、己れ自身が決める」
とは言えません。
生まれたばかりの赤子たちが、
歩きはじめたばかりの幼児たちが、
勉強を習い始めたばかりの児童たちが、
いったい何をしたというのか!
彼らが、死に値するような悪いことをした、というのか!

まったく現実は、神も仏もない、あまりに非情なものです。

先日、ふと、
「生まれた時から、人の一生は決まっている」
としたら、見方を変えてみよう、と思いました。

将来、どんな死に方をするか分からないが、
今日は何が起こるんだろう?
明日は何が起こるんだろう?
すべてを受け入れ、ワクワクしながら人生を楽しもう!
そして、
どんな時でも心配せず、
すべてに感謝し、すべてを肯定し、
我欲をなくし、善を尽くそう!

せめて、大人になるまで生かされてきたのだから、
今日、死んでもいい。
明日、死んでもいい。
悔いのない瞬間を生き抜いていきたい、そう思います。



posted by 井上誠吾 at 23:53| 日記