2007年04月09日

権腐十年

権腐十年──権力は十年もすると腐敗する、という格言です。

東京都知事選が終わりました。
“傲慢な石原”から、“謙虚な石原”を演じて、三期目の石原都政がスタートすることになりました。
小生は、政治の専門家ではありませんので、石原都政のあり方はマスコミに任せておいて、一人の庶民として、常日頃から思っていることを述べたいと思います。

政治や企業、各組織のトップに立つ指導者は、どうあるべきか?
小生は常々、
「個人を犠牲にした指導者は、真の指導者とはいえない」
と強く思っております。
上に行けば行くほど、偉くなればなるほど、下に手厚く、弱者に対して慈しみを持つべきであります。

しかし、上に立つ者は、往々にして、権力欲、名誉欲、征服欲に毒されていく傾向があります。
“驕る平家は久しからずや”です。
その諺の通りに、歴史上の指導者たちは見事に、その栄枯盛衰の姿を今日に証してくれています。

かくいう小生も、小さいながらも、誕生したばかりの誠真会館の指導者であります。
それゆえに、権腐十年の格言を強く意識しております。
今年、小生は55才なのですが、
実は、十年後の65才を迎えた時、館長職を辞退する決意を、今から固めており、機会があれば各指導員に伝えています。

誠真会館の目的は、道場理念にあります。
仁・義・礼・忠・孝・勇・信、七つの精神の実践です。
小生の役目は、その“精神の礎”をしっかりと固めることにあります。
これからの十年、心血を注いでいけば、その役目は充分に果たせると自覚しております。
あとは次世代に受け継いで貰い、誠真会館が社会的貢献を果たしていける組織として、その責務を全うしていただければ良いのであります。

人は、
社会的な価値よりも、人間的価値が大切であります。

今の世の中、
役職とか職業というもので、人の価値を定めてしまう傾向がありますが、それは人の価値ではなく、人の能力、と見たほうが正しいのではないでしょうか。
社会的な地位や役職や職業に就いた人は、その能力をフルに使って、社会的な貢献をする義務があると思っております。

大切なのは、
社会的な価値よりも、人間的な価値だと信じて疑いません。

謙虚であるべきです。
私心を捨てるべきです。
人への慈しみを持つべきです。
仁・義・礼・忠・孝・勇・信、
七つの精神支柱には、それらのすべてが内奥されています。

権腐十年。
石原都政が、十年を境にして腐敗しないことを祈ります。

posted by 井上誠吾 at 11:05| 日記