2007年04月19日

生きる



「生きる、見たよ」
昨夜、友人から電話がありました。
『生きる』とは、黒澤明監督の名作であります。

教条的な黒澤作品をシニカルに批判する友人が、
「黒澤の説教臭さが嫌いなんだけど、生きる、は黒澤のヒューマニズムが見事に出ていたね」
と手放しで絶賛していました。
小生、ビデオを薦めていた関係から、批判されるのではと思っていたのですが、安心しました。

『生きる』、素晴らしい作品です。
見ていない人のために、あらすじを紹介します。

市役所に勤務する初老の課長が、ある日、癌で余命が少ない事を知り、絶望の日々を送る。
そんなある日、同じ課の若い女子職員と出会い、明るく自由奔放に生きる彼女の姿を見て、事なかれ主義で生きてきた自分を反省する。
そして、癌で残り少ない命を有意義に活かそうと、これまで無意味に受け流してきた役所の仕事に精を出す。
彼の目に留まったのは、汚水溜まり場を児童公園にして欲しい、という市民の切なる陳情書であった。
児童公園を作ろうと動き出した彼に、様々な困難が押し寄せてくるが、死を覚悟した人間には鬼気迫るものがあり、すべての難題を処理していく。
そして、三十数年間、何もしてこなかった市役所の課長が、ついに子供たちが遊ぶ児童公園を完成させる。
彼は、雪の公園で、やさしい歌を唄いつつ、静かに去り逝く。

笑い、涙、感動、が至るところに散りばめられ、
それらすべてが無駄なく構成された見事な作品です。
「立派な課長に続け」と通夜の席で誓い合う役所の後輩たちが、数日後には、元の何もしない役所人間に戻っているところなどは、シニカルに笑えるところなのですが・・・、
小生は、彼らも、死を間際にすると、立派な課長になりうる愛すべき小市民と見ました。
皆それぞれ、希望と可能性を持って生きるべきなんだと!

『生きる』・・・まだ見ていない人は是非、お薦めします。

映画の中の課長と同様に、
誰もが、死に向かって、今を生きています。
人は、それぞれ何らかの影響を周囲の人々に与えながら生きています。

その影響も様々です。
人を苦しめたり、殺したりする悪い影響もあれば、
人を楽しませたり、命を救ったりする善い影響もあります。

どうせ、死に向かって生きているのなら、
映画に出てくる課長のように、自分なりの“公園”を作り、善い影響を周りの人々に提供しつつ、人に喜ばれながら、死んでいきたいものです。

posted by 井上誠吾 at 13:07| 日記