2010年06月01日

「武の国」の矜持

武とは「戈(ほこ)を止める」、
「争いを止める」と書いて「武」であります。

一見すると、戦闘的な「武」のイメージがありますが、
まったく正反対の「争いを止める」という「平和の意味」が含まれています。

今年の1月頃、施政方針演説で、
鳩山さんが「命を守りたい」と言いました。
命を守るためには、おのれ自身が強くあらねばなりません。
まさに「命を守る」とは「武」である、といえましょう!

その鳩山さんが、普天間について、
「5月末までに決着つけ、国外か最低でも県外に移設する」
と宣言しましたが・・・、
今日は6月1日・・・鳩山内閣は約束を守れず沈没寸前です。

ある政治情報誌に、
「首相である僕が『国外か、最低でも県外に移設する』と言えば周りの誰かかやってくれる、と思っていた」
と鳩山さんの“お坊ちゃん”ぶりを揶揄した記事がありました。
なるほど、そうか・・・、
恵まれすぎた家庭に育った鳩山船長は、自分が舵取りしなくても船は動くもの、と思っていたのかもしれない。

小生は支持政党なし、世間でいうところの無党派層です。
そんな小生ですが、鳩山政権を批判する友人たちには、
「何億もの母親からの小遣いがあったから民主党が生まれたんだよ。『官僚のムダ使い』や『子育て支援』や『医療制度の見直し』や『対等な日米関係』なんかをやろうとしているんだから、もう少し長い目で見てやれよ」
と言ってきました。

しかし・・・もう、言えない。
鳩山政権が誕生して以来、このブログでも鳩山さんを陰ながら応援してきましたが・・・、
その裏を見極めず、安易に応援してきた自分が恥ずかしい限りであります。

安倍さんよりも、福田さんよりも、麻生さんよりも、
鳩山さんは、誰よりも、超がつくお坊ちゃんでありました。
心底から・・・残念!
こうして振り返ると「美しい国つくり」を主張した安倍さんには、耐えがたきを耐え抜いて、本懐を遂げてほしかった。

本来、戈(ほこ)を止める、武の国・日本が、
今や「美しい国」どころか「醜い国」に陥っています。

もし今、平和を尊ぶサムライ政治家がいたなら──、
「自国の安全は自国で守る!
その為には駐留なき安保を段階をおって現実化し、
先ずは米軍の施設は国外に移設し、近隣国の侵略に備え、
自らが、抑止力と個別的自衛力を強化し、
拉致された人々を救い出し、やがて、その個別的自衛力は、
経済交流を通じて、平和外交政策へと移行し、最終的には、武力という刀は鞘へ納め、平和中立国家を目指す!」

もう少し、サムライらしく時代劇調にいえば、
「我が家の安全は我が家で守る!
その為には用心棒との契約は少しずつ見直し、
先ず用心棒には家を出て頂き、外から睨みを利かして貰い、
自らが近所の乱暴者から喧嘩を売られない武術を身につけ、
誘拐された身内を救い出し、やがて、その武術は、
味噌や醤油などを交換できる付き合いへと活かしていき、
最後には誰とも喧嘩をせず、刀を鞘に納め、もし喧嘩をする輩がいたら、それを止める人間力を持つ!」

武とは「戈(ほこ)を止める」
自分の身は自分で守り、その上、周囲の争いも止める!
武の国である日本ゆえに、
そして、原爆を落とされた日本ゆえに、
真の平和を全世界に訴える必要があり、その立場にあり、
それが、「武の国・日本」の矜持である!
と確信しています。


posted by 井上誠吾 at 11:11| 日記