2012年06月01日

神波史男先生を偲ぶ会


誠真会館の主催として、
名誉顧問の「故神波史男先生を偲ぶ会」を5月14日、
奥様の神波節子さんを招いて行いました。

神波先生は酒が大好きな方でした。
かつて小生とは、二日か三日に一回は会っては飲み、取り留めのない話に及び、なんど朝まで飲み明かしたことか。
「神波さん」というのが気が引け、「お父さん」というと、「お父さん言うな」と言うし、「先生」というと「先生言うな」と言うし、
どんなに酔っても怒ることなく、温厚で、笑顔が素敵な方でした。

本来なら、誠真会館葬として行いたかったのですが、
この2・3年は、ほとんど道場で“体を鍛える”ことはされず、もっぱら居酒屋で酒を片手に”“肝臓を鍛える”ことに専念されておられたので、神波先生を知る黒帯だけに声を掛け、ささやかに行いました。
参加者は、黒帯が7人。
小生と神波先生が常連としていた庄やの店長と従業員。
奥様を入れて総勢10人であります。

思えば、2006年の秋でした。
小生は神波先生に日本酒を注ぎながら、
「誠真会館という道場を立ち上げます。顧問になって下さい」
と半ば強引に顧問になっていただきました。
それは顧問になって頂く事で、「先生」と呼びたかった事。
さらに、
神波先生の博愛で博識、且つ反骨精神あふれる存在が、
小生の精神的な支えとなり、何かと暴走傾向にある小生のご意見番にもなって貰える、と確信してのお願いでもありました。

もし、あの時、引き受けて貰えなかったら・・・。

人は、一人では何もできません。
神波先生という存在があったからこそ、
その人柄と信頼があったからこそ、
小生の周りに、
一人、二人と協力を惜しまない仲間が増えていったのです。

この法宴の前に、
加藤関東本部長と小生とで神波先生が眠る高尾霊園に墓参りをしてきました。そして、大好きな日本酒を墓にたっぷりとかけ、“飲んで”貰いました。



その6日後の5月20日は、
日本シナリオ作家協会による「故神波史男さんを偲ぶ会」です。

小生は司会役を仰せつかりました。
世話役の長田紀生氏・小松範任氏・山田耕大・原田総明氏・南木顕生氏たちと打ち合わせを重ねて、この日を迎えました。

会には、佐藤純弥監督や中島貞夫監督、元東映動画会長の泊懋氏や東映社長の岡田祐介氏などが駆けつけて来られ、挨拶をしていただきました。

法宴が進むにつれ、故人と永年の付き合いのある方々の挨拶が続きますが・・・、
案の定、会場の奥のほうの席から酒が入った人々の声が大きくなり、スピーチに耳を傾けようともしない。
案の定、とは・・・このような司会を何度か経験した小生は「この辺りの席の人たちが酒が入ると騒ぎ出しますから、そうしたら、自分は司会者の分をわきまえずに怒鳴るかも知れない」と言っていたのです。
「人が喋っている時は静かに聞きましょう!」
まるで、少年部を叱るように注意!
すると、
なんと長田氏と小松氏の両先輩が騒がしい人たちの席に向かい、スピーチを聞くように説得されていました。
両先輩が、裏方に徹して汗を流されているのは、
“神波史男という敬愛する盟友”を、
この最後の法宴で送る!
との、強い思いの表われだと感じ入りました。

長田氏・小松氏はじめ、世話役の方々は、
下準備などに大変だった上に、本番当日でも、こうして動かれている。
そんな姿を見て、頭が下がる思いでありました。

やがて、会場も静かになり、スチール上映。
これも裏方に徹した原田氏が時間をかけて編集したもの。
神波先生が産声を上げた赤ちゃんの写真から始まり、幼年期〜青年期〜壮年期〜そして逝去されるまでの神波先生の写真が続き、BGMに神波先生が好きだったラテン系の音楽が流れていく。
ラスト近くになり、空手着姿の写真!
小生の中で、なんとも感慨深いものが溢れ出てきました。
エンディングの画像は、
天に向かって大きく両手を広げている姿!

大きな拍手が会場から沸き起こりました。

偲ぶ会の締めの言葉として奥様が、
「神波に恥じないよう、明日から、しっかりと生きてまいります」
と飾り気のない素朴な言葉で語られ、参列した人々の涙を誘っていました。



ここに──、
神波先生が映画芸術誌に連載されていた「流れモノ列伝」の
中から一部を紹介します。
これは、司会進行中でも、小生が朗読させて頂いたものです。

「 繁栄した豊かな経済大国の内側も、どうやらドロドロした腐臭をもらしながら空洞化し始めたわけだ。
95年に起こった酒鬼薔薇事件あたりから始まって、少年犯罪にかかわらず、何やら動機すらあいまいな、ノッペリとした表情の不気味な犯罪が頻発する世の中とあいなった。
一方では神の国とか、IT革命とか、癒しとか、で空洞を埋め、腐臭を正常化しようとしている。

こんな中で、映画は何を描けるのであろうか。

映画の表現者たちにとって困難きわまる状況が到来している。
まっとうな世間からは愉快犯と見られてもいい、痛切な心情、哀切な心情を秘めつつ、大いに面白がってアナーキーな映画を作り続けて貰いたい。

大昔の映画でいえば「どっこい生きてる」でいってほしい。

現在、この国は、おそらく世界に冠たる自殺大国であろう。
だか、陳腐な比喩でいえば、貧乏映画人は、人類滅亡の最後の日まで、ゴキブリのようにしぶとく、生き残る種族であってほしい。

さて、当の“ぼうふら”の私としては、『ブエナビスタ・ソシアルクラブ』のソンでも聞きながら、安酒くらって、シミジミ荒れるとするか。
いや、私にはすでに、あの陽気な葬列の唄が、よりふさわしいのかも知れない。
Oh, when the saints go marching in. 」



これが、神波先生の絶筆となりました。
♪ オーワンダセン ゴ〜マチニ〜 ♪
最後はルイ・アームストロングのあの渋い唄声、「聖者の行進」のフレーズで締め括られていました。


神波史男先生に、感謝と敬愛を込めて、
押忍!



posted by 井上誠吾 at 11:08| 日記