2007年10月05日

相撲道という道(倫)・その2

相撲界が大きく揺れ動いています。
朝青龍問題から新弟子の死亡事件、と続き、相撲協会そのもののあり方が問われております。

以前にも、『相撲道という道(倫)』で書きましたが、
全国の“わんぱく相撲”に集まる子供たちのために、相撲協会は大改革が必要です。
子供たちの憧れの的である横綱が、それを管理監督する相撲協会が、この体たらくでは、子供たちの夢を潰すばかりです。

「いまだ木鶏足りえず」といった大横綱・双葉山を、これ以上、草葉の陰で泣かせてはいけない!

小生、相撲界の素晴らしさは、
“徒弟制度の修行を通して、心・技・体の相撲道を磨く”
そこにあると思うのですが、とうやら、古き良き伝統が厚い壁となり、逆に閉鎖的な悪弊が内部で燻るようになってしまっているようです。

横綱はもちろん、理事長や理事、つまり親方衆には、
その“道に通じた達観者”としての責任と倫理観が必要なのに、それがまったく感じられないのは哀しい限りです。

小生は基本的に、
相撲のことは相撲の世界に通じた人が行うべきで、外部から介入すべきではない、
と思っております。
しかし、このままでは、文科省や有名知識人とやらが介入せざる得なくなるでしょう。
おそらく、そんな連中が介入しても、何一つ、変えられることはないでしょう。
否、相撲協会は、
誰かに、変えられるのではなく、
自らが、変わらなければならないのです!
その為には、相撲道という道(倫)に照らして、
自らを省みて、自浄能力を発揮して、内部から、大改革をしていくべきだと思っています。

相撲には、西洋のスポーツにない道(倫)がある筈です。
それは、日本人の心を体現した生き方の美学ともいえる、
道(倫)であります。
多く外国人力士が活躍する今こそ、その生き方の美学が大切なのではないでしょうか。
国際化されれたから、日本的な美点が失われていった、では、相撲道という道(倫)が泣きます。
双葉山が泣きます!

厳しいばかりが、指導ではありません!
道(倫)の根本は何か?
小生は、仁、だと信じて疑いません。
仁、つまり、おもいやりや慈しみであります。

理事長や親方衆たちが“鑑”となり、その権力を正しく使い、
厳しい中にも、おもいやりと慈しみを保ち、心豊かな情操的な指導で後進を育てていくことが肝要です。
大改革とは、そのためのみに成されるべきです。

空手も同様、他山の石、としなくては・・・押忍!

posted by 井上誠吾 at 16:00| 日記