2012年11月14日

山形国際ムービーフェスティバル



10日・11日と「山形国際ムービーフェスティバル」へ行ってきました。
映画「リトルウィング」の浅野プロデューサーが、この映画祭のプロデューサーでもあることから招待状を頂戴しての山形入りです。
以下、山形映画祭見学の、ひとり言、です。

山形へ向かう新幹線の車中。
窓外を流れる紅葉に時折り目を留めつつも、
来る12月16日(日)の「プレ西荻窪映画祭」をどのような形で開催するのがベストなのか、思考を巡らせていた。
この映画祭はあくまでも“プレ”で本格的なものではない。
されど、将来の映画祭へ向けての基盤となるものにしたい。
商店会との兼ね合い、区への要請、大手スポンサーとの交渉、となかなか思うように進展していかない。
壁は厚く、そして高い。
そんな意味でも、「山形国際ムービーフェスティバル」を大いに参考にしたいと思っている。

会場の「ムービーオン山形」は県内最大の10スクリーンを誇るシネコン施設。素晴らしい映画館だ。
もちろん、映画祭の内容も然り、である。
ゲストは多彩で、俳優も、監督も、文化人も、著名人がそろい、さらに山形県知事まで駆けつけ、全体の進行もスムーズに流れ、それはもう洗練された立派な映画祭だ。

が・・・しかし、
小生が描いている「西荻窪映画祭(仮題)」は、
これとは違う。

もっともっと人間臭いものにしたい。
言い方を変えれば、
“人と人との交流感”
“地域に根ざした手作り感”
“西荻窪と東日本被災地を繋ぐ祭り”
そんなイメージの「元気が出る祭り」だ。

もちろん、それぞれの映画祭が違って当然である。
「ゆうばり映画祭」も違うだろうし、
「湯布院映画祭」も違うだろうし、
海外に目を向ければ「ベルリン国際映画祭」も違うだろう。
その開催地の特色が出るのが、土地名を冠にした映画祭である筈なのだから・・・。
違う、というより、小生が勝手に描いていたイメージと「山形国際ムービーフェスティバル」が違っていた、というのが正しい。

山形県人には申し訳ない表現かも知れないが、この映画祭は都会的に洗練され過ぎている。
田舎・山形の素朴さが出ていて欲しい。
まるで東京の会場にいるような感覚に陥ってくる。
山形の素朴な人間っぽさなど、まったく感じられない。
妻が山形県米沢出身であるため、山形の素朴な人々と数多く接してきているだけに・・・もっともっと「いい意味での山形らしい田舎の映画祭」を見たかった。
非常に残念だ。

レセプションパーティーの会場。
浅野プロデューサーは、そんな小生を気遣ってか、
「西荻窪は、これと違ってていいんですよ」
と小生に合わせてくれる。
否、合わせているのではなく、本音で言ってくれている。
浅野プロデューサーには「西荻窪映画祭(仮題)」のプロデュースを手伝って貰うことになっているだけに、安心した。

帰京してすぐに、西荻商店連合会の猪鼻会長に山形での感想を伝えた。
西荻窪で行う映画祭は、どうあるべきか? 
これから先、猪鼻会長と浅野プロデューサーを交えて、大いに検討していかなくてはならない。

さて山形映画祭、個人的に何が良かったかというと、
女優・菜葉菜さんだ。
彼女は催事の折々にステージに上がり、時にはMC、時には表賞式のアシスタントと、真摯に役目を果たしていた。
他にも女優さんはいたが、菜葉菜さんの立ち居振る舞いからは、女優としての、“芯”、や、“謙虚な存在感”、が醸し出されていた。
心から労いたい、お疲れ様でした!



というわけでして、
現在、地域に根ざした「西荻窪映画祭(仮題)」へ向けて動いております。
年末へ向け、催事が数多く重なり、不安も抱えていますが、
12月16日「“プレ”西荻窪映画祭」は、なんとしても行うつもりでおります。
お時間のある方は、是非とも西荻窪へ!
posted by 井上誠吾 at 10:34| 日記