2012年12月31日

続・続・60人組手 そして、今年最後の言葉!



12月31日現在、絶不調です。
毎年、12月は忘年会やいろいろな付き合いから呑む機会が多いのですが・・・それにしても、今までならば徹夜で深酒するくらいは平気だったのですが、今年は最悪です。
呑んだ翌日は、虚脱状態!

まるで、60人組手が終わった翌日と同じような状態。
60人組手の疲れが、ぶり返しているのか?
11月から連続していた大きな催事が終了した安堵感か?
なんだか知らないが、とにかく体が動かないのです。

ということで、まだ年賀賞は一枚も書いていません。
いつも年賀状を頂戴する皆さん、今年は遅れますので、どうか、ご容赦下さい!

ブログも書く元気はないのですが、
60人組手、のブログはまだ完結しておらず・・・かといって、来年に持ち越すわけにはいかず・・・、
書きます!
このブログを見て頂いている方々がおられる限り、なんとか、本日、年度内までには書き終わらせます!

それでは、
以下、12月13日の「続・60人組手」からの続きです。



残る10人!
地獄の扉が、再び大きく開かれた!
そこから、次から次へと、
鬼のような兵士たちが襲い掛かってくる!

体は持つのか?
最後まで立っていられるのだろうか?

微かな不安が、意識も朦朧とした中でよぎり、
ただ・・・ひとつだけ、
一人、二人、と全力を尽くして対戦する、という、
その気力だけを懸命に保っている。

(と、ここまで書いたところで、やはり、絶不調・・・!
今、まさにこのブログを書いていること自体が、
「なんだか、60人組手の苦しさにも似ている」
と重ね合わせる始末。
物を書く、ということは、即、健康であらねばならない、
とあらためて実感しつつ・・・なんとしても年内に書き上げるぞ、との覚悟で、以下、挑みます! )

気力だけで、対戦者と対峙。
そして、全力で闘う!

一人、終わるたびに襲い掛かる恐ろしいまでの疲労感!
否、疲労感という言葉では足りない。
心臓が、肺が、飛び出るような苦しみ、
あるいは、
すべての細胞が悲鳴を上げて燃え尽きるような苦しみ、
いや、そんな言葉でもまだ足りえない。
悪夢というか、
白昼夢というか、
地獄のように現実離れした紛れもない “現実の地獄”!
(三日酔いだ、意味不明だぞ・・・ま、それ程の苦しみと表現したいのだが・・・)

一人、終わるたびに、筆舌に尽くし難い地獄の責め!
(地獄の責め? 卑猥? 日活ロマンポルノの世界?)

遠くから、熱い応援の声が、この身に届く。
60人組手を見守る人々の声!
新津先生の気遣う声も微かに聞こえる。
目前では加藤邦顕関東本部長が体を支えてくれている。
横では加藤和徳支部長が氷で後頭部を冷やしてくれている。
足元で蠢いているのは、ゾンビか!
(うどくんです)

会場全体から、
60人組手を完遂させてやりたい、
との空気が漂っている。

有難い!

あと何人か知らないが、最後までやる!
(最後まで書くぞ!)
それも手を抜かず最後まで上段を蹴り続ける!
(最後まで喜ばれる? ものを書き続ける!)

渾身の力を込め、上段を蹴る、が・・・、
加藤関東本部長が、
「認めません」
と冷たく言ってくれる。

そりゃそうだ、技あり、を取るほどの威力はすでにない。
(でも、取ってくれても良かったかも)

それでも、技を繋いで動き続ける!

しかし、限界。
もう・・・限界だ。
薄れゆく意識・・・。
押し寄せては返す波の如く、
限界を迎えては小休止を繰り返し、
永遠とも思える完遂というゴールを追い続けていく。

動け・・・!
あるのは、その意識だけ。
動け、動け!
己れを叱りつける!
動け、動け、動け、動け、動けッ!
己れを激しく罵倒しては、奮い立たせる!
(こうなりゃ、サド? それとも? ん・・・精神がS 肉体がM、てことか? ま、いずれにせよ、ふつうではない)

ただ、ただ、最後まで、
動きまくっていた感がある。
そして・・・頭の中が真っ白になった時、
60人が、終わっていた。

拍手が、
この身に降り注いできた。
60人組手終了の拍手だ。
(ブログ終了の拍手はまだ先だ)

赤いちゃんちゃんこならぬ、赤い空手着を、
なんと、新津先生が差し出して来られた!
以前から、
「赤いちゃんちゃんことか、赤い空手着とか、貰っても絶対に着ないから」
と言っていたのだが、
新津先生に手渡されると、そうはいかない。

着てしまった!

坂谷亨支部長や青木尚樹指導員たちが赤い空手着を企画したらしく、まんまと乗せられてしまった、感。
ま、そんな年になったということか・・・認めるしかない。

照れくさいが・・・赤い空手着を羽織った。
(正直、まんざらでもなかった)

そして皆さんと集合写真のあと、以下のような内容の挨拶。



振り返ること、5・6年前、
「60才になったら、60人組手を行う」
と誠真会館を立ち上げた時に話したことがある。
その話を聞いていた人がいる。
今回、60人組手の中に入ってくれた広田圭亮指導員と土屋実相談役である。

あの時、どうして60人組手をやろうと思ったか・・・、
その理由は三つ。

一つ、
指導する側に立つと指導することだけに追われ、ついつい自分の稽古を怠り、甘えが出てくる。その甘えを排するためには、“自分の稽古目標”、が必要。

二つ、
空手は年齢に関係なく、生涯できる、ということを身を以って証明する。

三つ、
やる気! 物事のすべてはやる気。やる気がなければ、弱気になり病気にもなる。やる気があれば、元気になり勇気も湧いてくる。このやる気こそが、空手はもちろんのこと、生きていくことの原点。
(やる気でここまで書いてきたぞ!)



上記のようなことを言った。
皆さんから、大きな拍手が沸いた。
( 後日、うどくん曰く、
「良かったですね。あの最後のマイクパフォーマンス」
「マイクパフォーマンスじゃねぇ、俺はプロレスラーかッ」
思わず、ツッコンだ。 )

あとから、
加藤邦顕関東本部長が、“マイクパフォーマンス”を、
否、小生の挨拶を評し、
「三つの言葉は、我々も大切にしたいと思います」
との旨を懇親会で語ってくれた。
心根で、理解してくれている。
嬉しかった!

ともあれ、60人組手が終わった。
何より、最後まで、立っていられたことで安心した。
そして、最後まで、上段を蹴り続けたことに満足した。

そのことを何人かの壮年部の方々から、
「よく、最後まで上段を蹴れますね」
といわれ、これもまた嬉しかった。
それは───、
例え、技あり、にならなくてもいい、
苦しいからこそ、
渾身の力を振り絞って、
上段蹴りを放ち続ける姿を、
壮年の人たちにこそ、見て欲しかったからだ。

皆さん、ありがとうございました!
60人組手に関わっていただいた、すべての皆さんに、
感謝の押忍!
(書き終えた!)



(すみません・・・まだ言いたいことが・・・)

年の瀬になり・・・、
酔いどれのこの身は、今。
60人組手が終わった翌日の疲労感とか倦怠感とか、
それに、やや近い状態にある。

思い出している。
あの翌日・・・、
虚脱状態の体とは裏腹に、
頭だけが覚醒したかのように異様に醒めており、
あれこれ自己分析し、あらゆる思考世界にいたことを・・・。

その中のいくつかを、今年、最後の言葉として、
以下に書き記したい。



60人組手の完遂など、自慢するつもりは毛頭ない。
もとより、
60人もの相手が、試合と同じように本気で掛かってきたら、
完遂などできるはずがない!
対戦者はもちろん、
応援する人も、セコンドも、主審も、本部席の先生方も、
「完遂させてやりたい」
との思いがあるから、完遂できたに過ぎない。

「自分は誰よりも強い」
と思っている人間は、愚かで醜い。

「自分は誰よりも才能がある」
と思っている人間も、愚かで醜い。

強くなんか、なくてもいい、
才能なんかも、なくてもいい、
なくてはならないのは、やる気だ。
やる気さえあれば、
強くなれるし、才能さえも伸びていく!

60人組手を終えた場所に、
"武道という志"、を共有する空気感があった。
その空気感は、共鳴感でもあり、そのまま生きていく幸福感
へと繋がっていく筈だ。

そんなことを、
今回の60人組手で伝えられたら、
老骨にムチ打った甲斐があるというもの。
最高に嬉しい!




またナガクなりました。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
今年も、あと、6時間とちょっと。
皆さん、良い年を迎えて下さい。

今年一年を振り返り、
感謝の押忍!



posted by 井上誠吾 at 17:31| 日記