2013年02月07日

爺ちゃん婆ちゃん世代の教え




日本人には、
爺ちゃん婆ちゃん世代”から、教わったことが、
精神的な原風景としてある。
と小生は信じています。

それは、ごくごくシンプルなW教え”であり、
その教え”こそが、武道やスポーツの世界の指導者たちに欠けている哲学”である、
と思う、この頃であります。

爺ちゃん婆ちゃん世代の教え”へ行く前に、
以下、小生のひとり言、を前フリさせていただきます。



武道やスポーツは、
強ければ良いのか?
上手ければ良いのか?

才能やセンスだけ、で選手として活躍し、
その功績のみ、で指導者になった者は数多くいる。

武道やスポーツの世界に限らず、
政界・財界・官界・法曹界・芸能界、等々、
あらゆる業界においても同様のことがいえる。

人間的魅力とか、指導力とか、行動力、統率力、人徳、等々、総合的な評価ではなく、
個別的に、優秀とか、博識とか、容姿端麗とか、単一の評価だけで、業界の指導者となり、偉そうにふんぞり返っている輩は掃いて捨てるほどいる。

小賢しい処世術を身につけ、
各業界の指導者として君臨する奴らは、
強い者には好意の目を向けるが、
弱い者には見向きもせず、忌嫌の目さえもくれない。

己れの利益や都合だけを優先し、
バレなければ、何をやっても構わない。
犯罪寸前の不正を平気でやり、のうのうと生きている。

そのくせ、バレて発覚した際のお詫び報道”では、
醜いほど小物で、潔さの欠けらもなく、自分があれほど忌み嫌っていた弱者の立場へと変貌する。

本当に、バレなければ、何をやっても良いのか?

彼らにも、精神的な原風景、がある筈である。
両親から、祖父母から、
そして、先生から、先輩から、
あるいは、近所のおじさん、おばさんから、
いつしか受けた有形無形の哲学”が心の奥底にある筈だ。

心が弱いと、それに気づかない。

俺は強いんだ、
あるいは、俺は立派なんだ、
と思っている輩に限って、心が弱い!

心が弱いから、
悪い事とは知りつつも、
組織を守るためとか、部下を守るためとか、家族を守るためとか、あるいは生きるためとか、大義名分のもと悪い事をやってしまう。
しかし、何のことはない。
本当は、自分の立場を守りたい、だけである。


最近の体罰問題の病巣が、そこにある!


部活の教師にしろ、柔道の監督にしろ、
その上の教育委員会の委員にしろ、柔道連盟の役員にしろ、
みんな、心が弱い!

心が弱い、とは、
正しいことから目を背ける、ということ!

心が弱いから、
自分の立場とか、利益とかを優先し、
正しいことが見えずに、あのような事態にまで問題を大きくしてしまう。

心が強かったら、
正しいことを上部に主張すればいい!、
もし、それが通用しないほど、上部が腐敗していたら、
そんな汚れた場所で生きようとせず、飛び出したらいい!

飛び出す、という勇気があれば、
汚れのない、澄み切った場所を探し出すことができる!
万が一、探し出すことができなかった時は、
自分で作り出せばいいんだ!




と・・・、そんな風に思っております。

タイトルの爺ちゃん婆ちゃん世代の教え”に戻ります。
冒頭で、哲学、と表現しましたが、けっして、難しいことではありません。

昔から、爺ちゃん婆ちゃん世代が、自分の子供や近所の子供たちに言ってきたことです。

「人に迷惑をかけるな。
 自分勝手にならず、嘘をついたり、卑怯なことはするな。
 欲を張らず、困っている人がいたら、助けなさい」

概ね、こういうことを口癖のように言っていました。

しかし、大人になると、社会の汚れに染まり、
いつしか、素朴で純粋なことを見失ってしまうものです。
そんな時にこそ、勇気を出して、
子供のころの原点に帰るべきだと思っています!

自分の良心に従い、
爺ちゃん婆ちゃん世代の教え”
に導かれると・・・、
どんなにか、心が平安なことか!



日本の精神が蘇ることを願って、
祈念の押忍!






posted by 井上誠吾 at 13:10| 日記