2013年10月05日

3回目・オリンピックと繁栄




オリンピックに関連したシリーズ、ついに最終回です。
以下、ひとり言、です。




オリンピックで景気が良くなる?

きっと、良くなる!
アベノミクスとの相乗効果で、日本中が好景気へと突入していく!

と、信じたい。
まぁ、一時期には景気も良くなるのだろうが・・・。
どうも、アベノミクスバブルの終焉、となってしまいそうな気がしてならない。
それでも、
「オリンピックとの相乗効果を生み出して欲しい」
と安倍さんには期待したい。

何かにつけて、いろいろな人に言われる。
「政治に期待するのが間違っている」・・・と。
それでも、何回裏切られようとも政治に期待してしまうので・・・最近はそんな己れ自身が嘆かわしくもある。

ニュースで仮設住宅暮らしのお年寄りが、
「オリンピックに目を向けても、我々には目も向けない」
と政治家たちを皮肉っていた。
オリンピックいう大イベントの華やかな光の影で被災地の人々は未だ充分な支援を受けていない。
「被災地を聖火が走る」
という支援計画が発表されてはいるが・・・。

振り返ると──。
1964年の東京オリンピックの頃・・・、
我が家は、否、福岡県筑豊地帯は、高度経済成長期という光が放つ影の中にあり、その恩恵を受けてはいなかった。

あの頃の筑豊は、かつてブログにも書いたが、
土門拳の「筑豊の子供たち」で紹介され、高度成長期の日本にあってW見捨てられた町Wとして注目を浴びていた。

当時産業大臣だった安倍さんの大叔父・佐藤栄作さんが筑豊を視察した時のニュース映像が飯塚市(筑豊)の博物館に残っている。
その中で佐藤栄作大臣は貧困の真っ只中の筑豊を見て、
「政治はいったい何をしていたんだ」
と嘆いた。
ちなみに現財務大臣の麻生太郎さんの父親・麻生太賀吉さんが、当時の筑豊選出の政治家である。
佐藤栄作さんが嘆いた言葉を、果たして麻生財閥二代目の麻生太賀吉さんは、どう聞いていたのやら・・・。

話を戻そう。
あの頃、オリンピックの聖火が筑豊にも走った。
小学6年生だった小生は全校児童総出で沿道に駆けつけた。
そして、聖火ランナーに向かって日の丸の旗を千切れんばかり振り、声を枯らして応援をした・・・W高度経済成長Wが筑豊に無縁な事など知るよしもなく・・・!

日本の財政赤字は、
「1964年の東京オリンピックから始まった」
との説がある。
光があれば影がある。
オリンピックという光を当て、闇を生み出して良いものか。

いったい、繁栄とは、誰のためにあるのか・・・!

その答えは、
上杉家中興の祖・上杉鷹山公の言葉にある。
「藩主や武士というものは、領民のために仕事をする奉仕者である」
素晴らしい!
鷹山公は「領民に手厚くする事」で上杉藩を存亡の危機から救い、繁栄へと結びつけた。
そのためには、藩主・武士たちが範を垂れるべく、贅沢を廃して、質素倹約し、己れの身を削ったのである。

政治家やオリンピック関係者に、
「上杉鷹山公の爪の垢を煎じて飲め」
と言いたい。

オリンピックは──、
接待が大好きなIОC幹部のためにあるのではない。
競技の放映権料を巡る利権者のためにあるのではない。
公共事業投資で喜ぶ既得権益者のためにあるのではない。 
地域格差・所得格差を生み出すためにあるのではない。
そして、
被災地の人々を見捨てるためにあるのではない!




と、ひとり言、を終えます。
50年前・・・、
東京オリンピックを、
貧困にあえぐ筑豊の町から見ていた者として。




「景気」の気は、「元気」の気、でもあります。

小生は、道場生たちに常々言っていることがあります。
「気合の気は『やる気』の気だ。やる気がなければ『弱気』になり『病気』になってしまう。やる気があれば『勇気』が出てきて『元気』になるッ」

日本が「元気」になっていってほしい!

そのためには、やはり、
政治に期待してしまう小生がおり・・・、
嘆かわしい限り!

それでも、
日本は、必ず良くなる!
そして、世界の人々に範を垂れる民族となる!

先ずは誠真会館の道場から、
「元気」の押忍!




posted by 井上誠吾 at 11:29| 日記