2014年05月17日

刀は鞘に納まってこそ名刀

    


集団的自衛権の行使へ向けて、安倍政権が大きく踏み出そうとしていますが・・・。
以下、ひとり言です。



「刀は鞘に納まってこそ名刀」
名作「椿三十郎」の中で黒澤明監督がそう表現している。

剣の達人・椿三十郎が、家老の不正を暴こうとする未熟な若侍たちの助っ人を買う、という痛快娯楽作品だ。
腕も知恵も胆力もある椿三十郎を三船敏郎が演じ、
純粋で正義感が強く、闘志があふれている癖に未熟で臆病でオロオロしてしまう若侍たちを加山雄三や田中邦衛たちが演じている。

椿三十郎による若者たちへのW社会人教育Wが面白おかしく、そしてヒューマンに描かれ、圧倒的な強さで敵を斬り倒していくのだが・・・。
ある時、品格のある奥方に、
「あなたは抜き身の刀みたいな人ですね。でも本当に良い刀というのは鞘に入っているものですよ」
と諭される。
さすがの剣の達人も痛いところを突かれてタジタジとなる。

そしてラスト。
椿三十郎は、仲代達矢演じる敵の剣客を斬り倒し、
「おまえたちの刀は鞘に納めていろよ」
と若侍たちに告げる。
刀を鞘に納めることができない己れの宿命を知りつつ、
未熟で臆病だが、純粋で正義感が強い若者たちに未来を託して去っていく。

つまり、
「刀は人殺しの為の道具であってはならない」
と未来ある若侍たちに訴えているのだ。

そのほかにも見所満載の映画である。
こうしてブログを書いていると、また観たくなってくる。
何度観ても感動が尽きない映画であるが・・・、
話を本筋に戻そう。

「剣禅一如」
剣と禅の融合である。
剣の修行をするものは、心の修行もすべきなのである。
宮本武蔵然り、勝海舟然り、山岡鉄舟然り、
小生が好きな剣の立つ歴史上の人物は、それぞれが「剣禅一如」に到達している。

剣の修業をし、それを持つ者は「戈を止める(争いを止める)」ためにのみ使用することが兵法、である。

「武士道」を著した新渡戸稲造は──、
第一次世界大戦後に、
オーランド諸島をめぐってスウェーデンとフィンランドの領有権争いが勃発した際、国際連盟の事務局長を務めていた。

武士の歩むべき道を誰よりも知っている彼は、平和的な解決へ向けて、任務を果たし、紛争を終結させた。
その功績から「平和の扉を開いた使者」として尊敬されている。

理想論だけの国際連盟の中で、負担金を出し、人材を育成し、組織を固め、まさに「太平洋の架け橋」となった。
しかし・・・、
新渡戸稲造の功績に逆行するかのように、日本は軍部の勢力が増し、やがて国際連盟を脱退してしまう。
そして、新渡戸稲造の死後、日本は戦争への道を突っ走り続けた末・・・第二次世界大戦で敗戦する。

国際連盟は、国際連合へと移行したが、
もし今、あのまま新渡戸稲造の平和的精神を国際連合で活かし続けられていたら・・・、
ロシアによるウクライナへの軍事介入や、
中国によるベトナムへの領有権主張は、
「剣禅一如」の哲学で、紛争を止められる、と想像できる。

しかし、現実は、
国連常任理事国であるロシアや中国が、世界平和とは裏腹に横暴をふるっている。
日本はアメリカに次いで2位という高額な負担金を国連に出しているにも関わらず、常任理事国入りが果たされていない。
その辺の国連のあり方が問題である。

負担金を出し、人材を育成し、組織を固めた新渡戸稲造。
今の国連に、新渡戸稲造のような人物が必要である。



さて、集団的自衛権うんぬんと騒がしいが、
「剣禅一如」を実践できる政治家はいるのであろうか。

「武は戈を止める」、これが要である!
つくづく思う。
誠真会館の未来ある少年部の中から、
社会に有益な人物を輩出していかなければならない、と!

今日は文武両道クラスがある。
心して指導にあたりたい。
押忍!



posted by 井上誠吾 at 12:33| 日記